終章
第終話 ふたりのそれから
それから数年後。
沖千代となった私は、カフェー・ルノォルで本格的に女給として働いていた。
「ご馳走様、美味しかったよ」
コーヒーと食事を終えた紳士が席を立つ。
「ありがとうございました!」
私は手を挙げて去っていくお客さんをドアのところまで見送ると、店内に戻った。
お昼時の混雑が過ぎ、今はちょうどお客さんが居ない時間だ。
今の隙にまかないでも――と思っていると、誰もいないと思っていたテーブル席から、小さな男の子と女の子がひょいと顔を出した。
「お母様、お腹空いたーっ!」
「お昼、食べるんでしょ? 一緒に食べようよ」
私は二人をぎゅっと抱きしめた。
「夏彦、冬子」
夏彦と冬子は、私と常春さんの間に生まれた双子の兄妹。
今年で五歳になるやんちゃ盛りの子供たちなんだ。
「それじゃあ、皆でお昼にしようか」
常春さんがカウンターからナポリタンを出してくる。
「わあい!」
「ナポリタン、ナポリタン!」
飛び上がる子供たち。
だけど常春さんが取り出したのは三皿だけ。
「三皿だけなんですか? 常春さんの分は?」
私が尋ねると常春さんはさらにお皿を出てきた。
「僕は、お母さんが朝作ったお稲荷さんがあるから」
常春さんがホクホク顔で奥から私の作ったお稲荷さんを出してくる。
「あーっ、ずるーい!」
「お父様、ずるーい!」
ぴょんぴょん跳ねる夏彦と冬子。
「大丈夫、二人の分もあるから」
私は二人のお皿の横にお稲荷さんを盛り付けた。
「わあい!」
「僕、お母様のお稲荷さん大好きー!」
結局、二人はナポリタンの他にお稲荷さんもペロリと平らげてしまった。
ゆったりとしたジャズのかかる店内。
常春さんの淹れてくれるコーヒーの匂いが店内にただよってくる。
窓辺からは暖かな日差しがステンドグラスに差し込み、机の上にキラキラと色鮮やかな光を落としている。
きっと幸せってこういうことを言うのだろうな。
考えて、少し不安になる。
常春さんと結婚して数年後。私にはまだ、幸せを受け止めきれない心があった。
今が幸せであればあるほど、いつかは壊れてしまうのではないかと思って怖くなる。
だけれども、あの頃とは違って、今はそんな自分の弱さを認めることができる。弱さごと、幸せを受け止める事ができる。だからきっと――。
「ねえ、母様」
冬子がひょいっと私の顔をのぞき込む。
「このお稲荷さんの作り方、私にも教えて」
「僕にも、僕にもーっ!」
夏彦も元気に手を挙げる。
私は一瞬戸惑った後、二人の頭をくしゃりと撫でた。
「……うん、分かった」
二人は手を取り喜び合う。
「やったーっ!」
「よっしゃよっしゃーっ!」
二人の笑顔を見ながら、私もつられて笑う。
大丈夫。私たちなら大丈夫。きっと私たちは、誰よりも幸せになれる。
~完~
帝都浅草 おきつねカフェーの嫁稼業 深水えいな @einatu
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