いかがでしょう? 推理無用探偵〝御前牙クロ〟には、現時点でこの程度の直観が可能です!

雪車町地蔵@カクヨムコン9特別賞受賞

犯人は初めから解っていました

「あなたが、犯人ですね?」


 ぼくの友人にして名探偵、御前牙おまえがクロは。

 ビシリと音を立てて、容疑者のひとりを指さした。


 その瞬間、本土を恐怖のどん底に陥れていた愉快犯〝スリッパ・リッパー〟は、ついに正体を暴かれたのだった。


「ど――どうして俺が犯人だと解ったんだ?」


 警察に連行される中、スリッパ・リッパーは彼女へ問い掛けた。

 すると、クロはいつもどおりに指の付け根を擦りながらポーズを決めて、


「簡単です」


 やはりいつものように、こう答えるのだった。


「あなたの頭には、『私が犯人です』という立て札が生えていましたから」




§§



 ぼくの友人にして名探偵、御前牙クロには才能がある。

 絶対に事件の犯人を的中させるという才能だ。


 それは綿密な推理力や、飛躍した発想、まして地道な調査に立脚するものではない。

 彼女には見えるのである。


 罪を犯した人間の頭に――立て札が。


 彼女が間違えた試しというのはない。

 的中率は常に百パーセント、誤認逮捕など有り得ないし、失敗もまた有り得ない。

 なにがどうしてそんな才覚を彼女が獲得したのかは、本人ですら知らないことなのだが、それにしたって法外である。


 では、ぼくは何かと言えば、助手である。

 あるいはサイドキックになりきれない三枚目と言ったところだろうか。


「そんなことないよー。海東くんは私のために推理をしてくれるじゃない」

「それが役に立っているのか?」

「人間は結論がどんなに正しくても、納得出来なきゃ首を縦には振ってくれないものなんだよ。私が犯人を示して、そこから海東くんが動機やトリックを逆算する。そして事件が解決する。これってWin-Winな関係だよね」


 犯人からしてみればたまったものではない組み合わせである。

 しかし、はじめからこうだったわけではない。


 ぼくらにもそれなりの出会いがあり、そしていくつかの成り行きがあって、いまに至るのだ。


「海東くんはさ、初めて出会ったとき私が言ったこと、覚えてる?」


 正直、忘れたことなど一度もない。

 覚えているからこそ、ぼくはいまだ、彼女の目が届く範囲にとどまっているのである。


『きみは将来たいへんな事件を起こすよ。だって、犯人だって立て札が生えてるんだから』


 クロはぼくにむかって、確かにそう言ったのだ。

 罪など犯したくはなかった。

 誰かを害するなんて、絶対に嫌だった。

 だから、ぼくは監視してもらうために彼女のそばにいて――いまは結局、助手のまねごとをしている。


「けれどもクロ。ぼくは最近、その事についていくつかの疑問を覚えているんだ。その最たるものが、おまえに未来予知が出来るのかどうか……ということだ」


 彼女の才能は、あくまで罪を犯した人間の頭に、立て札が見えるというものだ。

 もし、あらかじめ立て札が見えているのなら――彼女は犯罪を未然に防ぐことが出来る、ということになる。

 だが、ぼくの記憶にある限り、一度としてクロが犯行を思いとどまらせた事例というのはない。


 ……ほんのすこし、嫌なことを考える。

 例えば仮に、クロが犯罪者になる人間を事前に知ることが出来るとして。

 どうして、防犯に努めないのか?


 ひょっとするとぼくの友人は酷く悪趣味で、人間が罪を犯すところを楽しんでいるのではないか――と。

 そんなことを、考えてしまう。


 そうして、ぼくのよく回る舌は、考えるよりも先に、クロへとこの推理を伝えてしまうのだ。


「うーん」


 ぼくの心ない言葉を浴びて、彼女はすこしばかり首をひねる。

 けれどやがて、ずいぶんといたずらっぽい笑みを浮かべ、クロは奇妙な答えを返してきた。


「私に未来は見えないよ。でも、ひとつだけなら、間違いのない将来を言い当てみせられる」


 それは?



「うん、それはね――海東くんが、将来結婚する相手さ」

 


§§



「あなたが、犯人ですね?」


 数年後、彼女は未だに推理をしない名探偵として辣腕を振るっていた。

 ではぼくは?

 このぼくがどうしていたかと言えば。

 ……そうだな、正式に彼女のサイドキックになっていたといえば正確だろう。

 より厳密に言うならば、公私共々の、パートナーに。


「なんで、あのときぼくらの将来を言い当てることが出来たんだい?」


 膝の上に座っているクロへ、そんな問いかけを投げれば。


「ふふ、そんなの決まってるじゃない」


 彼女は薬指の指輪をいじりながら、いつか見たのと同じ、いたずらっぽい笑顔を浮かべるのだった。


「初めて出会ったとき、君の頭の上には立て札が生えていたんだ」


 そう、ぼくの妻クロには。


「私のハートを盗んだ、犯人かいとうとしてのね」


 犯人を百発百中で言い当てる、直観があるのだから。



 やれやれ。

 これは浮気なんて、絶対に出来そうもない。

 海東シロぼくは、心の底からそう思うのだった。 

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