決意と再起
それから間もなく葵の最寄り駅に着き、智子は手を振って葵と別れた。その後15分ほど経ってから自分も電車を降りる。自宅までの道を歩く間、智子が考えていたのは小説のことだった。
自分にとって書くことはどのような意味を持っているのだろう。最初はただ本を読むのが好きで、自分も書いてみたいという気持ちから出発した。頭の中に浮かんだものを文章にするのが楽しくて、1つでも多くの作品を形にしたいと思って書き続けた。そうだ、書くという行為は、自分にとって楽しいことだったはずなのだ。
それなのに、選考結果を目の当たりにした途端に自信を失い、書きたいという気持ちさえ
だけど――智子の中にある何かがそれを許さなかった。執筆への渇望は、今もなお智子の中に
進まない原稿を前にして頭を抱え、自分の才能のなさに落ち込み、無力感に打ちひしがれることは数知れずある。それでも智子は書くことを止めたくはなかった。智子にとって、書くことは生きる意味そのものだからだ。
そんなことを考えているうちにいつの間にか家に着いていた。机の前に座り、パソコンで小説投稿サイトを検索する。1つのサイトを開くと、トップ画面にずらりと作品が並んでいた。自分が知らないだけで、こんなにも多くの人が小説を書いていることに智子は驚いた。
会員登録を済ませたところで、今度はデスクトップ上の「小説」というフォルダをクリックした。作品名で保存したファイルが表示される。智子はしばし逡巡したが、やがてそのファイルを立ち上げた。
半年前に書き上げた文章が目の前に現れる。読む前から、その一言一句を智子は正確に思い出すことが出来た。半年ぶりに目にするその文章は、まるで人の作品を読むように新鮮なものだった。
ざっと読み返し、修正を加えたところで智子は全文をコピーした。サイト上で投稿画面を開き、コピーした文章を貼り付ける。「投稿」ボタンを押し、自分の作品が無事にアップロードされたのを見て、智子は大きく息をついた。たったこれだけの作業をするのに、1日分の労力を使い果たしてしまった気がする。でも、その時の智子の中には、自分が新たな一歩を踏み出したのだという確かな感覚があった。
プロだろうがアマチュアだろうが、小説を書く全ての人が、本を愛し、言葉を慈しみ、創造することに喜びを感じていることは疑いようがない。誰かに読んでもらいたいというのは作家として当然の願いだけれど、読んでもらえなかったとしても、それで自分の作品の価値が損なわれるわけではない。
自分が自分の作品を愛し、誇り、そして何よりも、書くという行為に喜びを見出すこと。たとえ一時の苦しみがあったとしても、最後の最後に書いていてよかったと思える、その感覚を智子は失いたくなかった。
一度は諦めようかと思った夢。だけど、なおも
サイトを閉じ、そのままwordも閉じようとしたが、ふと思いついて新規作成ボタンを押した。しばし
最初は探り探りだったのだが、次第にペースが上がっていき、気がつくと智子は凄まじい勢いでキーボードを叩いていた。1つのアイディアから別のアイディアが生まれ、プラズマのように拡散していく。キャラクターがひとりでに会話を始め、脳内で展開する物語に言葉が追いつかない。
(――あぁ、そうだ)
(あたしはずっと、この感覚を――)
冒頭を書き終えたところで智子は手を止め、一旦保存することにした。少し考えてからタイトルを入力する。
生涯にわたって作家を目指すことを決意した女性の物語。『ライフ・ワーク』と。
ライフ・ワーク 瑞樹(小原瑞樹) @MizukiOhara
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