第342話 犬吸い

 これが最後の晩餐でも本望と言える程に幸せな晩餐を終え、懐かしいテント泊をして次の日を迎えた。


 夜中にこっそり起きて犬と蛇の恩返しの様子を確認しようと録画を再生したが、何かしらの妨害を受けていたのか終始霧やら靄だけが再生されていた。

 霧が出ていたようには見えなかったから、きっとあんこが魔法でレンズ付近だけに霧を展開して撮影盗撮を妨害をしてくれちゃったんだろう。ちくしょう。



「あんこちゃーんまだ眠いのかなー?」


 そんな盗撮師殺しのあんこお嬢様は食事の最中も、食事を終えても、ずーっとおめめをしょぼしょぼさせている。飯の後はずっと俺にしがみついて離れない。わざわざ密着させている部分を凍らせて絶対に離さない強い意志を感じる。正直冷たくてやめてほしいけどずっとこのままでいいなり......

 剥がすのは俺には無理なのでどうにかあんこを宥めて氷を解いてもらい、シャツを開いて定位置にあんこお嬢様を奉納して撤収作業に勤しんだ。そんな俺らを白蛇ちゃんは横目で見ながら机の上で優雅に白玉ぜんざいを嗜んでいた。かわいいけどできれば手伝ってほしかったわぁ。



「さて、出発ですよ」


 朝からお腹を膨らますまでご飯を食べて動こうとする意思が見られなくなったピノちゃんを胸ポケットに格納して歩き出す俺。返事は無く俺の独り言となってしまいかなり寂しい。

 お眠なのだから仕方ない。仕方ないけど......でも、せめて寝顔だけでも見せてくれればモチベーション上がるのに。嗚呼、俺はなんて無力なのだろう......チートはあっても所詮こんなもん。俺はただ、すやすや眠るこの子たち起こさないように走るしかないのさ......




 この振動0走法、全然スピードが出せない。

 そうはいっても80Km/h程度は出せるんだけど、如何せん大地が広大すぎてこれでもかなり遅く感じてしまう。よくよく考えると人を辞めた感がどとうのひつじってきてなんかやるせない気持ちになるわぁ......


 それはそれとして、本気を出した俺は一体何Km/h出せるんだろうか......HAHAHA。今度オービスとかスピードガンとかでも取り寄せて計測してみようかしら。


 ............あ、なんか遠くに盗賊に襲われてる豪華な馬車がいる。よし、スルーして進もう。見える訳ないとは思うけど、人相とか見られたら嫌だから変装しておくか。


 んー......畜ペンだと俺に繋がるかもしれないからド〇ラにしておこうか。あのよく動くコアラもどきならば見られても新種の化け物くらいにしか思われんだろ。きっと。

 あんことピノの睡眠を邪魔される訳にはいかないからな。グッバイテンプレ、フォーエバーテンプレ。



 ちなみに、後日王都のあのお店で猛スピードで走り抜ける黒い変な生き物の噂を聴いた。畜ペンの事を知っているこの子たちは畜ペンとの共通点から関連付けて俺の事を疑ってきやがったから全く知らないフリをしておいた。まぁド〇ラとはもう二度とエンカウントする事はきっとない。だから早く忘れてほしいんだな。




 ◇◇◇




「はしるーはしるーおれーだーけー」


 暇すぎて悲しい。目的地周辺までまだ一時間はある。

 途中出てくるモンスターなのか生き物なのかは轢いて進んでいる。通行人などが居れば一応轢かないよーにする努力をして人身事故は0。......一度だけ無心で走ってたら戦闘中の冒険者に突っ込みそうになったけど、当たってないからセーフ。


「とれーんとれーん事故っていーけー」


 またイノシシを轢いた。早く成仏してほしい。

 それにしても、ウチの子寝すぎじゃない? よく寝れるよね本当に......俺も日本に居た頃休日は昼過ぎまで寝てたけどさ、こっち来て生活習慣改善されすぎて惰眠を貪る事は殆ど無い。あとめっちゃ寝ても生活リズムが崩れない不思議。時差ボケとは無縁ですたい。

 うん、そろそろどっちか起きて欲しいなぁ......


「はしるだけーはしるだけーゴミを不法投棄しにいこうー」


 あかん、もうダメだ! 寂しい!!

 めっちゃ心が痛むけど、寂しさには替えられない。心をオーガにして起こしてみよう。うん、本当にごめんね......堪え性のないダメな俺を許しておくんなまし。


「ねぇ、そろそろ起きてよぉ......」


 首元のもにゅっとした所をつんつんグリグリ。ふわふわさらさらの毛の奥に眠るむにゅむにゅの首周りのお肉に指が埋もれ、まるでディラックの海に沈んでいく某人造人型決戦兵器の紫さんのような気分にさせられる。このままだとコアと融合してしまうぅぅぅ。


「あのグラサンダメオヤジが世界中の人を溶かしてまで死んだ奥さんとひとつになりたがった気持ちがよーわかる......でもあれまず最初に近くに居た御老人方と融合するから......オエッ」


 おっと、トリップしすぎて振動0じゃなくなりかける所だったぜ......それにしても、なんでわんこのお肉ってこう、幸せな気持ちにさせるのだろう。特に柴犬が拒否柴ってる時の首の寄ったお肉なんて永遠にモニュれる自信があるぜ。


「............ごめんな、娘に欲情するダメなパパで」


 考え出したら止められなかったんだ。本当にすまないあんこたん。女の子にとって胸や尻以外に付いてしまったお肉は絶対に寄せたり揉まれたりしたくないよな......でもな、危険な思考を持つ野郎の前で無防備に寝ちゃう危機感のNASAは問題だと思うんだ。うん。


「おほぉぉぉぉぉぉ」


 音も振動もGも無くビタッとその場に止まり、両手で背中側からお肉を拝借してきて首周りに肉を寄せる。そして、その至高の贅(沢な)肉に顔を埋めてオホった。


 オホるのは仕方ないと思うの。人間? だもの。 しあを。


 お腹のお肉やあんよのお肉、おしり周りもそれはもう甲乙つけがたいくらい素晴らしいけど、やっぱ俺の推しは首周りよ。たまらんばい。


 俺の体勢的にピノちゃんは苦しかったらごめんね、あんこは寝苦しかったらごめんね。

 でももう止まらないんだ。これは一緒に居るはずなのに俺を寂しくさせてしまった罰なんだ。メンヘラみたいな事を言っている自覚はある。うん、何度も言うが本当にごめんね。





「うっ、ふぅ......ひとはなぜ、むだにあらそうのだろうか」


 さて、だいぶじかんをつかってしまったな。さぁさきにすすもう。ここまでしても起きないこの子たちは何なんだろう......役得だったからいいけど、寂しくさせるのはよろしくないのですよ!!




 ◇◇◇




 カーナビがあればまもなく目的地周辺デスとアナウンスがあるだろう位置にまできた所でようやく胸の中の毛玉と胸ポケットに動きがあった。そろそろ起きるのだろうか? きっちり目的地まできた所で起きるとは......全く勘の良い子だよ本当に。

 ちなみに、普通に生活している中で胸ポケットで何かが動く感触があった時は悲鳴を上げる自信がある。昔、百足が居た時はシャツを引きちぎって脱いだなぁ......ははは......ハハッ。


「くぁぁぁぁぁっ......んー、おはよぉ」


 身体の中にカーナビが埋まってるんかと思うくらい、目的地に着いた途端に起きたお嬢様。アクビして目をシパシパさせてる御姿が可愛いから許すけど、道中寂しかったんだからね!!


「おはよ。着いたからピノちゃんを起こしてあげて。背中に冷たいのチョンと当てれば多分すぐ起きてくれるよ」


『らじゃ』


 眠気で上手く動かないのか、上がりきらない前足で力無いサムズアップをしてくれた。可愛い。


『っっ!?!?!?』

「ひょぅ!?」


 声にならない悲鳴をあげて飛び起きるピノちゃん。飛び起きたピノちゃんによって動いた氷がシャツ越しにビーチク部分へ当たり跳ねる俺。完全にとばっちりを喰らった。


 やはり悪いことはしない方がいいね。平和が一番だよ。と、正座させられ直火で炙られながら世界平和を願う俺でした。めでたしめでたし......




「何処だったっけ?」


 目的地周辺に着き、イタズラの代償を甘んじて受け入れた俺。目的地に入る場所が何処だったか忘れていて絶賛四つん這いで地べたを這いずっていた。


「あんこぉ......ピノちゃぁん......何処だったか覚えてたりしないぃぃ?」


『なんか首がムズムズする......』

『ケッ......』


 誰も助けてくれない......味方は、味方は何処だっ!! あんこは、ごめんね本当に。


 あの地図を書き終わったらもう覚えておく必要が無いと思って記憶から抹消したことを後悔する。目印が何だったかすら覚えてない。

 ただ一つ、とりあえず地下に入る入り口があるとだけ覚えていたから只管地べたを這いずり回っているのだ。トリュフでも見つからないと悲しくてやってられないっすわ。


『うぅ......お風呂入りたい』


 ......泣き事言わずに頑張って早めに見付けて、やる事やったらとっとと帰ろう。ちゃんと隅々まで綺麗に洗ってあげるからね......





 結局自力では見つけられず、キレてルンバで周辺を更地にしていった所でようやく見つかった。ピノちゃんの初めからそれやっとけやって視線は忘れない。

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異世界転移したけど、果物食い続けてたら無敵になってた 甘党羊 @rksnns

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