第341話 脇道に逸れる
「あんあんっ」
「しゅるるるる」
目が幸せだ。耳も幸せ。
子犬とちっこい蛇が戯れてて死ぬほど可愛い。なんだ、今日が俺の命日なのかな。
あー......生きててよかった。天からのお迎えが今来ても全力で抗うくらいに幸せ。
このメンツは俺の中でやっぱり特別だ。他の子も優劣は付けられないくらい好きだけどね。
「ガウッ」
「シャァァァァッ」
あ、はい。トリップしててごめんなさい。反省してますんでスボンの裾と鼻を噛まないでください。
私共は今、昔ソリで爆走した懐かしの草原に来ております。メンバーはご存知の通り、バカ、お嬢様、ツンデレスネイクの初期メンバーでございます。
「あぁっ......そんなに引っ張ったらあかんっ」
冒頭のは普通に散歩してたらテンションが上がって無邪気に草原を走り回って可愛い声を上げるあんことピノちゃんの戯れのお宝映像でした。決して変なプレイをしてた訳じゃございません。
そんでなんか邪な波動でも感じたのか、ボーッと突っ立ってあんことピノちゃんのはしゃいでいる姿を眺めてた俺は今、ズボンの裾を思いっきり噛まれたまま引き摺られています。さっきまでちっこかわいかったのにわざわざかっこかわいい成犬フォルムになって。
噛み付いてもダメージ入らないのを理解しているお嬢様は、タオルを引っ張り合う時のように噛みちぎろうとするあの動きを俺のズボンにしています。
「わざわざこの為だけに身体のサイズを大きくしなくても......って、おい、そこの白蛇くん! さっきまで俺の鼻に噛み付いていたくせに逃げてるっ!!」
いつの間にかあんこの背中に居たピノちゃんに恨めしい視線を飛ばすが糠に釘と言わんばかりにドスルーを決め込んでいやがる。縦横無尽に暴れるロデオみたいなあんこたんの背中で平然と出来てるのはなんでなんだろう。蛇って不思議。
「ガァウ」
あぁっ、ダメよダメダメ。可憐なレディがそんな野蛮な声出したらあかんねや。それはそれとして、何時まで俺はタオルになっていればいいのだろうか。
草原の爽やかで青臭い香りを身体中に染み込ませ、土埃に塗れだしてからもう五分は経っているのに、未だに離してくれないあんこたん。もうあんな変な事は思わないように努力するからそろそろ許して欲しいのよ。
『もうっ!! せっかくのお出掛けなんだからっ!! ぼーっとしてないでっ!!』
おぉう......どうやらお嬢様は別件で怒っていらっしゃったようだ。駆け回っていたのを眺められるだけじゃ満足出来ないなんて......んもぅ欲しがりさんめ!
申し訳ない事をしました。それならばこのシアン!! 全力でお嬢様と戯れる所存であります!!
「ふふふ、ごめんね。久しぶりだもんなぁ。反省してるから一旦離してもらっていいかな? 久しぶりにボール遊びでもしよっか」
「わうっ」
パーフェクトコミユニケーション!!
そんな幻聴が聞こえんばかりにしっぽを振るあんこたんを見て内心胸を撫で下ろす。良かった......正解の選択肢を引き当てられたみたいだ。
なにかしら目的があって此処に来た気がするけど、ンなもん忘れたわ。忘れるって事はどーでもいい程度の事なのだから。さぁーて肩作ってないけどおじちゃん思いっきり投げちゃうぞー!!
「収納から思い出の詰まったボールを取り出して......ピッチャーシアン、第一球、振りかぶって......投げましたぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
投球モーションを見てスタンバるあんこたん。完璧にモーションが盗まれているのは仕方ない。二段モーションがホニャララって言われる前というか、牛と青波が併合して檻牛と鷲に別れる前、牛時代の岩クマーさんの投球モーションが俺は大好きなのだから止めるつもりは毛頭ないのだ。
剛ッッ!!
古き良きモーションから放たれた豪速球、それを追うフサフサした可愛い生き物の視認不可な追いかけっこが幕を開けた――
そばからもう幕が閉じていた。
音を置き去りにする程の速球のはずなのに、視界の先では可愛い生き物がめっちゃドヤりながらこちらへ走ってきている。やっぱウチの子はしゅごい。
感謝の遠投後に祈る回数は増えないけど、モフる回数は増える。
「グッガール!! よーしよしよしよしよしよしゃー。凄いですねー偉いですねー」
「あうわうっ」
可愛い。猛スピードで飛び込んできながら身体を上手くロールさせて俺の腕に収まる時はお姫様抱っこの体勢になるという器用な技をお披露目したお嬢様をこれでもかと撫でて褒める。
俺の理性を溶かす甘い声でもっとやってもっとやってとねだるのは卑怯だと思うんだよ。
「よーし次いくよー」
俺はあんピノ高校相手に計127球、5回10失点でコールド負けを喫した。俺の最後の夏は地方大会一回戦で幕を下ろした。
『楽しかったー』
あんこたんが満足してくれて俺は嬉しいよ。ピノちゃんは途中混ざったけど途中で寝てしまった。寝顔可愛い。
『んふふふー』
お母さんがグズる子どもを抱っこする時のようにご機嫌なあんこを抱っこする俺。密着度が素晴らしい。
ピノちゃんは胸ポケットにインするいつものスタイルである。
『ねぇ、なんかする事あって僕たちを連れ出したんじゃないの?』
さっきまですやすやだったピノちゃんが胸ポケットから顔を出して話しかけてきた。
「あ、おはよ。よく寝れた?」
『寝れた。んで、何しに来たの?』
誤魔化されてくれなかった。我ながら雑すぎる会話の方向転換だと思うけど誤魔化されて欲しかった。
用事ってマジで何だったっけか......幸せすぎて全てがどうでもよくなって忘れたとか言ったらこの子絶対に怒るよなぁ......
「まぁまぁまぁまぁ、......ね? そこらへんは現場に着いてからのお楽しみって事で!」
今の俺にはこう言って煙に巻く事しか出来ない。問題を先延ばしにしてごめん&頑張れ後の俺! 意地でも思い出すんだよ!!
『......ふーん』
『えへへへー』
冷めた視線を送るピノちゃんとデレッデレなあんこの差が激しくて耳がキーンてなりそう。でもそんな二人がしゅき。
「遊びで結構時間使っちゃったねー。そろそろ夕方だけど君たちはどうしたい? 初心に戻ってキャンプするか王都に行くかお家に帰って休むか」
『一緒にいれるなら何でもいいよー♪』
『家って言いたい所だけど......なんか懐かしいからキャンプでいい』
ふむふむ、あんこは可愛い。ピノちゃんは相変わらずツンツクしてる。けどそうかーそうかー、ピノちゃんも最初の頃を懐かしんでくれてるのかー。可愛いやんけこのやろー。
「じゃあ久しぶりにキャンプにしよっかね。ご飯のリクエストとかある? 俺張り切って作っちゃうよ」
『焼いたお魚!』
『お餅!』
料理......確かにそうだけど......まぁ、気合い入れてたから肩透かし食らった感じだけど、懐かしいからおっけーだな。うん。
「確かあの頃根こそぎ捕った川魚があったし、お餅はお正月に搗いたのがあったな」
という訳で、本日のメニューは焼き魚と焼き餅、それと俺が食べたいカップヌー〇ルのカレー味に決定。急遽決まった外泊でお留守番組の夕飯は用意してなかったけど、収納袋に大量に入ってるからあっちは大丈夫だろう。
......まぁ怒られたらその時は誠心誠意謝罪すればいいのさ。
「焚き火ヨシ、竈ヨシ、下処理された川魚ヨシ、七輪ヨシ。テントは魚焼いてる間にサクサクやっちゃえばいいな。あんこちゃんピノちゃんおいでー。一緒に魚に串刺していこー」
『わーい』
『りょーかい』
あの頃はほとんど全部俺がやっていたけど今は皆ちゃーんとお手伝いしてくれる。こういった細かい所が嬉しい。息子や娘が初めてお料理のお手伝いをしてくれた時の心境。まぁ俺子ども居ないから想像だけど。
「おぉー上手上手! 串打ち三年とか言われるけどウチの子には修行期間要らんかったんや!」
親バカでごめんなさい。本職の方をバカにする発言ではございませんのでどうか寛大な心でアレしてください。だって俺より上手く刺してるんだもん! 仕方ないじゃないかぁ。
『ふふん♪』
『......』
「とぅんく」
ドヤるあんこ可愛い! 無言だけど口の端が緩むピノちゃん可愛い! しゅき!
『前に焼いてたの見てたからわたしやれるよ! お魚焼いておくからテント作ってきて!』
「......娘の成長が喜ばしすぎてずっとその様子をみてたいんだけど」
『だめ! 早く行って!!』
感動と絶望が同時に押し寄せてきてどうしていいかわからない。見せてほしいんだけど......何この鶴の恩返し的な展開......なんで見せてくれないのよぉ!!
「そこをなんとか」
『だめ』
「......ピノちゃん」
『素直に従ったら?』
「......あんこたん」
『ダメ』
............どぼじでぞんなごどいうの゛ぉぉぉ!!
娘の反抗期って悲しいね、バ〇ージ。これ以上ゴネたらきっと怒られる。仕方ないから大人しくテントアレしに行くよ......
「なんてな」
テントを張りながら糸を使って定点カメラをバレないように作業現場にこっそり置く。フハハハハハ!!
絶対にバレないようにソーッと、ソーッとだ。
「急いでテント張って戻った方が良かった気がする。テンションに任せて行動しないほーがよかった」
定点カメラ設置に神経を使って余計に時間を使ったのは愚行でしかなかった。ちくせう。
さぁ、戻ろう! いざ天使たちの元へ! そしてこっそり回収するんや!
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