第2夜 ホーリー・ナイト
いらっしゃいませ。お待ちしておりました。
……ふふふ、今日だけは、こう言わせてください。今日は特別な日ですから。
本当に、ずっと……貴女のことをお待ちしていたのです。
さあ、こちらへどうぞ。
ああ、こんなにも指先が冷えてしまって。お任せください、私が貴女を温めてさしあげましょう。
どうするのかって?
そうですね、こういう時、私に出来ることといえば……。甘くて、濃厚な、熱く
上質のカカオを、たっぷりと使用しております。深い香りとコクで、貴女を魅了してしまいましょう。
けれど、そちらにばかり気を取られないでくださいね。
ほら、ブランケットで温かくして。これはもう、貴女専用なのですから。
クリスマスプディングにミンスパイ、ジンジャーブレッドもご用意しております。
え? 甘いものばかり?
おや……そうですね。確かに。
貴女のことを考えながら準備していたら、つい。
ふふふ。今日はとことん、貴女を甘やかしてさしあげたいのです。
このところ、少し浮かないご様子でしたから。
一体、どうされたのです? 私に話してみませんか。
え? 一人きりのクリスマスが、寂しい、ですって?
クリスマスに一人でいる人は、いませんよ。
ああ、怒らないでください。そういう意味ではありません。
クリスマスは、神を最も身近に感じる日。
神は貴女と共にあられます。
この日に貴女が一人で過ごしているなら、あるいは孤独を感じるなら……それは、貴女一人のためだけに神が寄り添ってくださっているということです。
とても贅沢なことだとは思いませんか?
神はちゃんと見ておられますよ。
貴女が日々何を思い、どう過ごしているのか。
それでも、不安に駆られるというのなら……。このクリスマスは、神に感謝し、世界中の人々のために祈ってみませんか?
そうすれば貴女は、同じように過ごしている世界中の人たちと繋がれる。
それは、今日行われているどんなパーティーよりも壮大なイベントです。
そうそう、カトリックのミサでは、こんな習慣があります。
ミサの終わりに、その日たまたま近くに居合わせた人たちと、こう言って握手を交わすのです。
Peace be with you――あなたに平穏を。
何もなくてもいい。
ご馳走も、プレゼントも、パーティーも。どれもなくたっていい。
ただ平穏でいられることが、一番大切で、尊くて。
そしてたぶん一番、難しいのです。
多くを望む人には、どこまで行っても心の平穏は訪れません。さらに多くを願ってしまうからです。
今あるものに満足し、ただ穏やかに一日を過ごせたなら。
それこそが最高の、神様からの贈り物ではないでしょうか。
今日という日を、静かに穏やかに過ごせる人は、そうたくさんはいないでしょう。
だから貴女は、特別なのです。
けれど、私には……貴女とこうして過ごせることが、贅沢過ぎて。
少し、怖いです。
ふふふ。馬鹿なことをと、笑ってください。
え?
それほど貴女は、私にたくさんの喜びと幸せを与えてくださっているのですから。
私も、何かお返しできると良いのですが……。
哀しいかな、私にはそのような力はありません。
だから、せめて、この夜は……。
貴女のためだけに祈らせてください。
貴女にたくさんの幸せが舞い降りますように。
☆彡
雨夜の止まり木 上田 直巳 @heby
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます