番外編
第1夜 サイレント・ナイト
いらっしゃいませ――ああ、貴女は……!
……また、来てしまわれたのですか?
困ったお方だ。
何をしているのです?
ほら、早くお入りなさい。そんなところに突っ立っていては、お体が冷えてしまいますよ。
こちらへいらっしゃい。さあ、もっと火のそばへ。
すぐに温かいお飲み物をお持ちいたしましょう。
……ああ、ですが、その前に。
こちらのブランケットをどうぞ。
ふふふ、そうでしょう。ふわふわとして、心地好い肌触りでしょう。
この優しい色が、貴女に一番似合うと思って……いえ。なんでもありませんよ。
ちょうど、ホットサイダーを作っていたところです。召し上がってみませんか?
「サイダー」といっても炭酸水のことではなく、りんごの発泡酒「
ホットサイダーに用いるのは、一般的にりんごジュース。そこにスパイスを加えて弱火で30分ほど、じっくり丁寧に温めます。
ノンアルコールでも美味しいですが、ラム酒を加えると、スパイスとお酒のおかげでお体がよく温まりますよ。
冬の寒い日に、訪ねて来てくれた客人をもてなす飲み物としてもピッタリですから、この季節には家庭でもよく作られますね。
さあ、どうぞ。熱いですから、お気をつけて。
スパイスはお好みのもので構いませんが、当店ではシナモン、クローブ、カルダモン、ベイリーフ、それにスターアニスを使用しております。
ラム酒に代えてカンパリを入れるのも、また異なる風味で美味しいですよ。さらにオレンジピールなど足しても良いですね。
おや、気に入っていただけましたか。嬉しいですね。
寒い日にはいつだって、こうして貴女を温めてさしあげられたら良いのに。
え、私も? ……ご一緒して、よろしいのですか?
ふふふ、お優しいのですね。
ですが私は、こうして貴女を見ているだけで、じゅうぶんに温まってしまいますよ。
ああ、ほら。頬がピンク色に染まって、なんて可愛らしい。
ええ、わかっております。
ホットドリンクで、お体が温まってきたのですね。
室内も温かくしておりますので、少しだけ、窓を開けてもよろしいでしょうか?
ありがとうございます。
こうすると、近くの教会から聖歌隊の歌が聞こえてくるのですよ。クリスマスに向けて、特訓しているようです。
日本はどうも、
あれではまるで、みんな一律に浮かれ騒ぐことを強いられているような……そんな気さえ、してしまいます。
おっと、いけませんね。せっかく貴女がいらっしゃっているのに、愚痴っぽくなってしまっては。
けれど、どうしてでしょう。
貴女を前にすると、思ったことを素直に口にしてしまうのです。
まるで、仮面がはがれてしまうかのように。
貴女だって、私の前ではもっと素直になって良いのですよ。
すべてを
貴女がいつも頑張っていること、我慢していること、私はちゃんと知っています。
そう、いつだって、私は貴女を見ていますから。
さて、あまり長居するのも良くありません。もうお帰りにならないと。
なぜかって?
時間が経つと、この仮面の魔法が解けて、私は怪物になってしまうのです!
……ふふふ、冗談ですよ。
え? もう少しここにいたい、ですって?
まったく。貴女という人は……。
これほどまで私を困らせるのがお上手な方は、初めてですよ。
仕方ありませんね。この時季は、とりわけ人恋しくなるようです。
私は、サンタクロースにはなれません。
聖夜に貴女の願いを叶えることはできない。
ただ、そうですね……もしもその夜、貴女が寂しさを感じてしまったのなら。
また、こちらへいらっしゃい。私がお側におりましょう。
貴女だけのために、店を開けておきますから。
特別ですよ。
さあ、今宵はこれ以上、私を困らせないで。
おやすみなさい、良い夜を。
けれど……。
そんな貴女にどうしようもなく惹かれてしまう私も、また。
……本当に、困ったものですね。
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