最終話 阿曽素子は許さない!(トラック君の逆襲)
「やめやめ、やめーーーーっい!」
睨み合うあたしと伯爵とは全く別の怒鳴り声が、周囲を圧するように響き渡った。
いつの間に現れたのか、灰色マントにフードを深く被った地味な男が、あたしの前に立っていたのだ。
「何なんだ、この醜悪な見世物は?
今すぐ消え去れ!」
彼が腕を振ってそう命じると、逞しく怒張していたあたしの使徒たちが、急にしなしなと
男はあたしの方に振り返って怒鳴る。
その声は、まぎれもない嫌悪と怒りに満ちていた。
「君には羞恥心というものがないのか?
さっきから見ていれば、大量の巨大女〇器だの男〇器なんぞを際限なく出しおって、恥を知れ!」
あたしはその迫力に圧倒されながらも、精一杯の虚勢を張ってみせた。
「どんな攻撃をしようとあたしの勝手でしょ!
なによ、あんた? いきなり現れて偉そうに!
失礼だわ、名乗りなさい!」
灰色の男は肩を落として溜め息をついた。
「私か?
……私は〝最凶の魔王〟と呼ばれている。
この世界すべての魔物と魔王たちを率いる者だ」
「すべての魔物の親玉?
じゃあ、あんたを倒せばこの世界を――」
「黙れ!」
最凶の魔王が一喝しただけで、ビリビリという魔力の波動を感じる。
それはあたしでも分かる――こっちの魔力とは桁違いだ。
「いいか、女勇者よ。
君が自分のハーレムを覗いて自〇行為にふけるだけなら、私は見逃すつもりだったのだ」
『こいつ、不可知の魔法を使っていたのに、あたしのアレを見ていたのか!』
顔が一瞬で熱くなる。耳まで真っ赤になっているのが、鏡を見なくとも自覚できた。
「うるさい! うるさい! うるさーーーーい!
あたしの恥ずかしい秘密を知った奴は生かしておくもんですか!
死ねっ、魔王!」
あたしは体内に残ったすべての魔力を解き放って、アルティメット・ファイヤーボールを叩きつけようとした。
フードの奥で一瞬だけ見えた最凶魔王の瞳には、憐みの色が浮かんでいた。
――あたしの意識は、そこでぷっつりと途切れた。
* *
気づいた時には、あたしは上空から戦場を
あたしが立っていた場所には、黒い汚れがあるだけだった。
それは何となく人影のようにも見える。
『ああ、修学旅行で行った広島の記念館にそんなのがあったっけ……』
ふとそんなことを思った。
どうやらあたしの肉体は、最凶の魔王によって原子レベルにまで分解されてしまったようだ。
今のあたしは意識だけが漂っている、いわば幽体のようなものらしい。
『あんな強い魔王がいるなんて、聞いてないわよ。
神のジジイに抗議する方法はないのかしら?
まいったな~、身体がないんじゃBL本見ながらオ〇ることもできないわ。』
不謹慎なことを考えているうちに、下界に動きがあった。
最凶の魔王が部下である伯爵を叱りつけている。
「伯爵、君ほどの者がこんな醜態をさらすとは情けない!
侵略は一時棚上げだ。もうこの王国からは引き上げる。
今すぐ出発するぞ!」
「
「私は決心したのだ。
もうこれ以上、神が呼び出した変態勇者にこの世界を引っ掻き回されてなるものか!
ここは神の遊び場じゃない。
人や獣人、魔物たちが笑い、嘆きながら暮らしている現実の世界なんだということを、奴は忘れているに違いない。
こうなったら
「それは……具体的に何をするのでしょう?」
「決まっている。
変態どもの供給源となっている地球世界を滅ぼすのだ!
この世界の魔王軍すべてを、私の転送魔法で地球に送り込む。
どうやら向こうの世界は変態で満ち溢れているらしい。
変態に人権などはない! 一人残らず抹殺するぞ!」
上空を漂っているあたしにも、魔王の言葉ははっきりと聞こえてきた。
『あれま、ヤバいことになってるわね~。
自衛隊が魔王に敵うとは思えないけど……』
呑気に心配しているうちに、あたしは自分の意識が薄れてきていることに気づいた。
『あれ? このままあたし、消えちゃうのかな?
もったいなかったな~。
あれだけの魔力があったんだもの。もっとやりたいことがあったんだけどな~。
そうしたら、念願だった美少年を犯す体験ができたのに……』
今になってあたしは突然気がついた。
あたしがBLという底なし沼に沈みながら、満たされない思いで悶々としていた原因に――だ。
『そうか……あたしはペ〇スが欲しかったんだ!』
自分の欲望の根本に目が覚めたような思いだったが、そこで再び意識が飛んでしまった。
* *
再び意識が回復した時、あたしは巨大な地球儀を眺めていた。
いや、それは地球儀ではない、どう見ても本物の地球だ。
どうやらあたしは魂だけの意識体となって、元の世界に戻ってきたらしい。
それにしても不思議な光景だった。
球体の地球が見えるということは、ここは衛星軌道よりも遥かに上空ということになる。
それなのに、意識を集中させると地上の様子がはっきりと見えるのだ。
まるで監視衛星のような気分だ。
地上は阿鼻叫喚の地獄と化していた。
魔王に率いられた魔物の軍勢が人間たちを襲い、虐殺しているのだ。
その攻撃は容赦なく、大人も子供も、男も女もお構いなしの
各地で自衛隊が、ネイービーやアーミーが、人民解放軍が、その他あらゆる国の軍隊が現代兵器を繰り出して抵抗しているが、魔物たちは歯牙にもかけない。
何しろ魔王軍の魔法攻撃を、人間の軍隊はまったく防げないのだ。
レーダーにも映らない、迎撃ミサイルも通り抜ける――そんな攻撃をどうしろというのだ。
一方で人間側の攻撃は魔物が張る防御結界であっさりと食い止められ、魔王軍はほとんど被害を出していない。
『あー、どっかの馬鹿が戦術核を使ってるぞ……』
ふいに近くからあたしとは別の意識が流れてきた。
『あなた……誰?』
『ん? ああ、新入りさんか。
僕は聖護院騎龍だ……と言っても、この姿になっちゃ名前なんか意味ないか。
君は最近昇天したばかりのようだけど、何で魔王軍が地球を侵略し始めたのか知ってる?』
『……ってことは、あなたも転生させられた勇者なのね?
最凶の魔王は、あたしたちみたいな変態が送り込まれるのに業を煮やして、転生元の地球を滅ぼす決心をしたのよ』
『ひでえなぁ……変態だって人間なんだ!
変態だって生きてるんだよお!』
『何よそれ?』
ふいに別の意識が割り込んできた
『兄ちゃん、若そうなのに古いネタを知ってるなぁ』
あたしたちは肉体のない意識体だが、話していると何となく相手の性別、年齢が分かり、生前の姿が脳裏に浮かんでくる。
話に加わってきた意識は、シニカルな態度の中年男だった。
『俺は高山昇太だ。
お前らも転生勇者か?』
あたしはうなずいた……つもりなのだが、ちゃんと相手にもそれが伝わるらしい。
『あたしは阿曽素子よ。
ねえ、地上の人たちをどうにか助けられないの?』
高山氏は首を振って溜め息をついた……つもりらしい。
あたしにもその雰囲気が伝わってきた。
『無理だね。俺たちには魔力はあっても、もうそれをふるう肉体はない。
ただこうして地球が滅びるのを見ていることしかできないさ』
あたしは納得がいかなかった。
こんな理不尽なことがあるだろうか?
『肉体がないんだったら、人間に憑依して操ることとかできないかしら?』
今度は騎龍君が首を振った……ような気がした。
『それは先輩たちが試したけど、駄目だったそうだよ。
人間からミジンコまで、すべての生き物には魂があるから、それを押しのけて身体を操ることはできないんだってさ。
機械とかなら入り込んで自由に動かせるらしいけど、魔法は生体じゃないと使えないみたい。
とは言え、戦車や戦闘機を動かせても、それ自体魔王軍には無力だからね。
どうにもならないよ』
『そう……少なくとも機械は操れるのね。
ねえ、あたしたちが転生した世界から戻ってこれたってことは、この意識体なら望んだ所に行けるのかしら?』
あたしはあることを思いついたのだ。
『それは可能みたいだよ。
だけどそれを聞いてどうするつもり?』
『この騒ぎ、すべての元凶がいるじゃない。
そいつを一発殴らないと気が済まないわ!
ちょっくら地上に言ってくる!』
あたしは地上に意識を向けた。その途端にあたしはその場から消え去った。
瞬間移動みたいなものだ。
地上――あたしが生前働いていた都内のオフィス街は、魔王軍の侵攻で荒れ果てていた。
逃げたのか殺されたのか、人の気配は全くなく、大通りには乗り捨てられた車が転がっている。
あたしは練馬大根を満載した一台の軽トラックに目をつけた。
乗り移って操るには手軽な大きさだ。
あたしはにやりと笑った(つもりだ)。
* *
その日、
その途端、地球も魔王たちの異世界も消滅したのだった。
神は死んだ(Gott ist tot)――フリードリヒ・ニーチェ
最凶魔王は許さない! ~異世界転生列伝―勇者の掲げる旗の下、我がハーレムに結集せよ!~ 湖南 恵 @onami_k
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