番外編:楽園に記憶を残す

【41.生き死にを楽しみたいものですね】の後日、リント視点のお話です。


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 明るく晴れ渡ったの光に、白い砂浜が輝いている。


 正確には砂ではなく、沖合から運ばれてきた、珊瑚礁さんごしょう貝殻かいがらのかけらの堆積たいせきだ。


 窓辺の先に見える海は、穏やかに透きとおり、遠く紺碧こんぺきの水平線が広がっていた。


「やはり、南国の海は良いですね。カラヴィナでは海水浴の余裕などなかったですから、またみんなで楽しみましょう」


「それじゃあ、まあ、水着はベルグとお兄様もおそろいかしらね。ルルちーもどうかしら?」


「やぶさかではありませんが……その略称には、まだ慣れませんわ」


 太平楽たいへいらくなジゼルとユッティの提案に、ルシェルティが嘆息たんそくする。円卓えんたくはしに丸まったリントは、もう半分以上、眠っていた。


 マリネシア皇国の宮殿、いつぞやの晩餐会ばんさんかいが開かれた広間だ。


 円卓えんたく発酵茶はっこうちゃと、乳製脂肪をふんだんに練り込んだ茶菓子が大量に並んで、またそれが大量に消費されていく。


 女三人の摂取栄養量としては、かなり過剰だが、表層脂肪の蓄積にも意味があるので言及げんきゅうひかえた。


 全生命の集合知しゅうごうちによる論理的結論だ。


 三人とも明るく華やかな色使いのマリネシア民族衣装を着て、黒髪に浅黒い肌のルシェルティは元より、ジゼルもユッティも良く似合っていた。


 二人に比べるとルシェルティは、年齢も背丈もかなり小さいが、その分を性格と態度がおぎなって余りある。


「皆さまが御来訪されるとうかがって、私からも山猿やまざるに一報を入れてやりましたわ。もうすぐ飛んで来ますわよ。また、からかってやれるのが楽しみですわ」


 ルシェルティが、口ぶりとは裏腹に、浮き立った笑顔を見せた。


「そう言われれば、ルシェルティ様もフェルネラントでは、あまりマリリと言い争いをなされていませんでしたね」


「さすがに私も、それくらいの空気は読みますわ」


「空気ねえ……この際、読まずに聞いちゃうけど、あの赤毛の優男やさおとことはきっちり切れちゃったの? なんだかんだ居着いついてるみたいだし、ジゼル達の話じゃ、それなりの根性も見せたって聞いてるわよ。見た目も良くて上手じょうずなんだから、ちょっともったいないとか思ってない?」


上手じょうず……?」


「口が達者な、という意味です」


 正確には舌の技術だが、いぶかしげなルシェルティを、ジゼルがすずしい顔ではぐらかす。


 記録映像は、イスハバート王国軍に正式移管されたメルデキントだけでなく、実のところリベルギントとシュトレムキントにも複製保管している。


 ジゼルやユッティから、たまに要請があり、貴重な学習資料として活用していた。


「まあ、お互い、利用価値のある相手に情が移ってしまったのは認めますが……所詮しょせん、未来のあるえんではございませんわ。戦争も終わったことですし、もう少しほとぼりを冷ませば、チェスターも国に帰れることでしょう」


「達観してるわねえ。それじゃあ、ぶっちゃけついでに、マリネシアって近親婚もありなのかしら? 皇族だから第二夫人とかは問題ないとして、ルルちーの野望って、現実的にどうなのさ?」


「先生」


 たしなめるようでいて、ジゼルも、目の色がユッティと変わらない。


 ルシェルティもさる者で、少しだけほおを染めて、しかつめらしく咳払せきばらいをした。


「私もこの際ぶっちゃけますと、愛情と子供、それに付随する行為が継続的にいただければ、婚姻の形式にこだわるつもりはありませんわ。やはり法的には、いささか難しい面がありますの」


「皇帝に法律のぎりぎりを攻めさせようってわけね。マリリちゃんがいても良いなら、あたし達も安心して応援できるわ!」


「公明正大な皇妃の存在は、皇国の安定に不可欠ですわ。それに、その……下品で粗暴な山猿やまざるでも、嫌いではありません」


「ありがとうございます、ルシェルティ様。マリリも、年齢相応に気の置けないルシェルティ様との御関係は、本心では喜んでいますよ。これからも、仲良くしてあげて下さいませ」


「こ、こちらこそ、ですわ」


「よっし! それじゃあみんなで協力して、お兄様を追い込むってことで同盟成立ね! ネーさんもしばらくここに留まるって言ってたし、じっくり作戦を練ろうじゃないの!」


 威勢良く立ち上がったユッティの頭を、ちょうど後ろに現れたナドルシャーンが、それなりに遠慮なく押さえつけた。


「宮殿で皇帝をおとしいれる相談とは、大胆なものだな。まあ、前例もあるが」


 ナドルシャーンは、ルシェルティと同じ長い黒髪と浅黒い肌を、きっちりとした碧色みどりいろの衣装に包んでいた。眉根まゆねを寄せながら、ユッティの頭をつかんだ指に力を入れる。


「あ、いたた、けっこう痛いわ、お兄様!」


「ごきげんよう、お兄様! 今日も素敵ですわ!」


「お邪魔しております、お兄様」


「なんだ? 身に覚えのない娘が増えてるな」


 ナドルシャーンの隣に、頭髪も眉毛まゆげもないせた老人が、白衣を着て立っていた。プリルヴィット先代皇帝だ。


 記憶情報を照合すれば、確かに、ジゼルとはナドルシャーンの戴冠式典たいかんしきてんで居合わせただけで、直接の面識がない。


 プリルヴィットの胡乱うろんな目に、ナドルシャーンの眉間みけんのしわが深くなる。


「私の呼称については、また議論の場を設けるとして……そろっているなら都合が良い。少し時間をもらおう。ついて来い」


 ナドルシャーンとプリルヴィットが並んで歩き出し、ルシェルティが後ろに続いた。


 三人の様子に、わずかに顔を見合わせてから、ジゼルとユッティも従った。リントが迷惑そうにあくびをしてから、渋々と最後について行く。


 全員で宮殿を出て、海岸に足を運んだ。


 窓辺で見えた砂浜からやや離れて、波打ち際で遊んでいる大勢の子供が見えた。背格好から、一人だけ大人が混じっているようだ。


「相変わらず、フェルネラント人は無理な真似まねをする。次は、最初に薬の種類から相談しろと言っておけ」


 プリルヴィットが毛のない頭をかく。


 子供に混じって遊んでいるのは、ひょろりと背の高い男だった。


 肉付きの薄い身体で、子供に飛びかかられて、派手に転んで水しぶきを上げた。亜麻色あまいろのくせ毛と、童顔に似合わないあごひげが、ずぶ濡れになっていた。


 ユッティが、呆然と砂浜を一歩、踏む。


 男がユッティに気がついて、やはり呆然と目を丸くした。


「ユッティさん……? あれ? ユッティさんまで、もう死んじゃったんですか? こっちに来るの、早かったですね」


「いや……確かにここ、楽園っぽいけどさ……。あたしは多分、死んでないわ。あんたの方が、死に損なってるのよ……きっと」


 ユッティの力ない声に、エトヴァルトが波間に座り込んだまま、少し考える顔になった。


「やっぱり、そうなんですかね……? 毒杯どくはいを持ってきたのがラングハイム公爵御本人だったから、なんかおかしいな、とは思ったんですが……まあ、気にしてもしょうがないので、そのまま飲んじゃいました」


 ジゼルが適当なえだを両手に拾い、軽く振って見せる。子供達が目を輝かせて、同じような枝を拾って、ジゼルに駆け寄った。


 計十二人を相手に、二刀流のジゼルが、右に左に軽快にさばく。子供達のはしゃいだ声が、少しずつ離れていった。


 ナドルシャーンとルシェルティが、笑った顔を見合わせて、ジゼルの後を追う。


 プリルヴィットは、医者としてこの状態を放置するのも迷ったらしく、砂浜に腰を降ろして見当違いの方向を見た。


 リントがその横で、にゃあ、と鳴いた。


 人間はなぜ好んで水に濡れようとするのか理解不能だ、と、いて訳せば言っていた。


 ちょうどユッティが、エトヴァルトにぶつかるように抱きついて、二人そろって盛大な水しぶきを波打ち際に上げたところだった。



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ちょっと迷いましたが、エピローグ的なお話を追加しました。

この世界でも、ユッティに幸せになって欲しかったんです……。


これで本当に完結です。

読んで下さった皆さま、本当にありがとうございました!!

次回作でもお会いできたら嬉しいです!

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もっと猫の手も借りる!! 世界大戦2 〜黒髪の剣術娘、奮闘する! 戦略、戦術、戦闘術で、世界をひっくり返します〜 司之々 @shi-nono

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