41.生き死にを楽しみたいものですね

 集合知しゅうごうちの情報を整理する。


 大戦中に死亡した人間は膨大ぼうだいで、世界中あらゆる場所の、最新情報の検索が容易よういだ。


 個人的な感想だが、実に都合が良かった。


 帝国主義を放棄ほうきし、国号こくごうを改めたフェルネラント皇国こうこくと、環極北地方国家群かんきょくほくちほうこっかぐんを代表するアルメキア、ロセリア、エスペランダの連名三国との間で、世界大戦の講和条約が締結ていけつされた。


 フェルネラント皇国は、海外保護領の全ての執政権しっせいけんを独立した現地執政体げんちしっせいたいに返還し、また戦争参加各国に膨大ぼうだいな戦後賠償金を支払うことになった。


 皇族の権利剥奪、国体の解体、連名三国の進駐軍しんちゅうぐんによる分割統治などの、戦勝国による報復措置ほうふくそちも戦争裁判で強硬に主張されたが、終戦処理の全権委任大使ぜんけんいにんたいしであるランベルス=ラングハイム公爵が正々堂々たる法論理と討論弁舌で、ついにけた。


 最後の最後でロセリア帝国の陸海軍さえ正面から粉砕したフェルネラント皇国軍の底力と、マリネシア皇国とイスハバート王国、やはり国号を改めて参加を表明したペルジャハル皇国、新興の東フラガナ人民共和国が推進する環大洋帯共栄連邦かんたいようたいきょうえいれんぽうの、声を大にした植民地支配に対する糾弾きゅうだんも、確固たる後押しになった。


 人種平等、民族自主独立の正義が、白色人種と帝国主義の傲慢ごうまんを法の下に明らかにしたのだ。


 そうこうしている間に、ロセリアではコミンテルンが主導する共産主義革命が、エスペランダでは海外植民地の独立による国内経済の大崩壊が、アルメキアでは奴隷解放紛争にたんを発する南北分断の政治危機が勃発ぼっぱつし、のんきに敗者をもてあそんでいる場合ではなくなった。


 結局、ただ一人、戦争遂行責任者であったエトヴァルト第三皇子の極刑執行きょっけいしっこうをもって戦争裁判も閉廷へいていした。


 罪状は、国際法はおろか過去のいかなる法典ほうてんにも存在していなかった、全世界の平和を乱した罪、だった。


 世界大戦は、全ての直接手順を終えた。


 偽装貨物船シュトレムキントの甲板から見晴みはるかすフェルネラント東海岸ひがしかいがんの水平線に、旭日きょくじつが昇る。


 黄金色のあかつきの中で、地味な暗灰色の上下に、りずに水薙みずなどりいたジゼルが、口の両端を下げていた。


「不満が顔に出ている」


「これが出さずにいられますか」


 ジゼルの足元で、リントが、にゃあ、と鳴いた。


 この距離感がやはり落ち着く、と、いて訳せば言っていた。


「せっかくあなたと一心同体になれたのに、どうしてまた、個の境界が戻ってしまったのでしょうか。心外の極致きょくちです」


 じろりと、ジゼルがリントこちらをにらむ。


「当然、あなたもそう思っていますよね」


「仮説ではあるが、ヤハクィーネの言葉から推定できる。意思の形が影響したのだろう」


 ジゼルの詰問きつもんに、直接の回答は避けた。全生命の集合知しゅうごうちによる、論理的な行動選択だ。


「互いが強く自我を持ち、同等に相手を認識する。両者の意思が変わらず形を与え合うならば、一つに同化した後も個であり続け、もっとも安定した状態に終着する可能性が考えられた。以前と完全に同一の個ではないが、部分的な同化を維持いじした、最適化の実存じつぞんと定義できる」


「つまり」


「ジゼルと私の、愛の形だ」


 ジゼルが一度、まばたきをして、口元に手を当てた。ほおをかすかに染めて、ほくそ笑む。


「それなら、仕方ありませんね」


 朝の潮風に、長い黒髪が広がった。魔女の翼は、今はつゆをはらんで、つややかに輝いた。


「あなたも、ずいぶんと口が上手じょうずになりました。良い傾向ですよ。せっかくまた二人になったのですから、気持ちは何度でも、言葉で伝えてくださいね」


「努力しよう」


 ジゼルがリントを抱き上げて、ほおをすり寄せた。リントがあくびをしてから、ジゼルのほおに口付けをした。


 一羽の海猫うみねこが、上空で鳴いた。


 出立しゅったつの水先案内にしては、少し早い。


 船内への通用扉が開いて、白衣のような外套がいとう艦長帽子かんちょうぼうしをかぶったヤハクィーネが現れた。


 後ろに、水兵姿のシュシュも続いている。シュシュは、心なしか浮き立っているようだ。


「ジゼル様、神霊様、申し訳ありません。出立しゅったつの前に、ちょっと手間が増えそうですわ」


 いかつい男の顔にそぐわない、たおやかな口調と仕草で、ヤハクィーネがため息をつく。


 ジゼルが口を開くより先に、発動機の音を響かせて、一台の自動車が埠頭ふとうに飛び込んできた。


 車輪を横すべりさせて、舷側間近げんそくまぢかに停車する。後部座席の扉が開いて、ユッティが転がり落ちた。


 洒落しゃれた紺色のそろいで、慌てて詰め込んだのか、革張りの旅行鞄の隙間すきまから下着がはみ出ている。


 モニカが運転席から降りて、ジゼルに軽く一礼する。ジゼルが敬礼しかけて、苦笑して会釈えしゃくした。


 別の道の曲がり角に、もう一台の自動車と、自動二輪車も隠れて見送っていた。


「良かった、間に合った! ああ、もう。二度も三度も置いてきぼりにされたら、たまんないわよ!」


 舷側げんそくの階段を、愚痴ぐちをこぼしながら登って、ユッティが甲板にひっくり返る。シュシュが隣に正座して、ユッティの服のすそを握りしめた。


「ありがとー、シュシュ。あんただけよ、あたしを気にかけてくれるのは! ジゼルもネーさんも、薄情なんだから!」


 ジゼルとヤハクィーネが、あきれたような顔を見合わせた。


「戦争は終わりました。軍属をかれた先生に、もう帝都を旅立たれる理由はないのでは」


「シュトレムキントは引き続き、環大洋帯共栄連邦軍かんたいようたいきょうえいれんぽうぐん特務艦とくむかんとして、各地の紛争調停ふんそうちょうてい任務にんむおもむきますわよ。再植民地化を狙った、環極北地方国家群かんきょくほくちほうこっかぐんの武力介入はまだまだえません。私は、そうですわね……正直に言って助かりますが、本当に良いのですか?」


「それが、その……帝都にも、いづらい理由ができちゃって……」


 ユッティが短い金髪をかき混ぜて、眼鏡の向こうの目を泳がせる。


 ジゼルが小首をかしげて、リントがまたあくびをした。


「あー、うん。なんて言うか……皇位継承問題に巻き込まれそうな予感が、ね」


「エトヴァルトとの生殖行為による懐妊かいにん兆候ちょうこうがある、ということか」


「確認しなくても良いのよっ? ……って、あれ? なに、あんた達、また元に戻っちゃってるの?」


「不本意ながら」


 ジゼルが答えて、微笑ほほえんだ。


「ですが……そういうことでしたら、やぶさかではありません。また、私達で始めましょう。猫魔女隊の再結成ですね」


 旭日きょくじつが、水平線から離れた。


 昨日、フェルネラントの山野さんやに落ちた日が、また昇る。光るような海に、水先案内の海猫達うみねこたちが、一斉に羽ばたいた。


「まずは、マリネシア皇国に向かいますわ。軍港を拡張整備して、拠点と致します。その間は、まあ、お休みいただいても構いませんわ。ラスマリリ王女にも、御一報差し上げましょう」


「いいね、いいね! またみんなで、おそろいの水着を新調しようよ! 新しい部隊徽章ぶたいきしょうなんかも考えてさ!」


 ヤハクィーネの珍しくのんきな言葉に、ユッティがいつもの調子で賛同し、シュシュまでが無表情のほおを上気させた。


 ジゼルが微笑ほほえみながら、徐々に高さを上げていく旭日きょくじつを見る。


 空は青く澄んで、潮風は火照ほてった耳に、心地良く冷たい。向かう先の波は穏やかだ。


 リントが、ジゼルの肩で、にゃあ、と鳴いた。


「フェルネラントは、時代の旭日きょくじつだった。ただ一国で天の道をき、敗北の落日らくじつを迎えた。だが、必ずまた昇る。その時、旭日きょくじつは、もう孤独ではない」


「私達もその誇りを胸に、生き死にを楽しみたいものですね」


 世界にあまねく、は満ちる。


 生命いのちは生きて、死ぬ。


 神霊しんれいがつなぐたましい循環じゅんかんは、永遠に近い未来まで、きっと続いていくのだろう。


 今が一瞬であっても、永遠のつながりの一側面であるのなら、怖れるものはない。


 ジゼルの心が、同じ安らぎを感じていた。それがわかる。伝わるのではなく、つながった生命が感じ合う。


 これが幸福と定義されるなら、私とジゼルは、永遠に幸福であり続けるだろう。


 旭日きょくじつの光の中、かたわらで微笑ほほえむジゼルの横顔は、そう、この世界の何よりも美しかった。



〜 最終章 フェルネラント落日編 完 〜


<後書き>

猫大戦シリーズ、完結です!

ここまでおつき合いいただきました皆さまに、とにかくお礼申し上げます!

☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆


好きなものをありったけ注ぎ込んで、ちっとも薄めなかった本作、これだけの長編に書き上げられたことが嬉しくて、もう感無量です。


いろいろ至らない所もありますが、キャラクター達は、全員が魅力的に活躍してくれたと思います。

御意見や御感想など、ぜひぜひ、お聞かせいただければ嬉しいです!


また、十四年をさかのぼった平和なパラレル世界で、多感なツンデレ少女のユッティ、足長イケメンなクロイツェル、ちびっこ戦闘マシーンのジゼルに、最終章のゲストキャラ達も活躍する『いわく『大変』女性にもてる侯爵さまに、全力でもてあそばれてるよ!』も掲載しております!

こちらもよろしくお願いします!

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