40.出会えて良かったよ

 いつしか戦場は陸も海も水鏡みずかがみのようにいで、リベルギントとパルサヴァールが次に静止した時、その場にいるもの全てが二人を見上げた。


 リベルギントが、刃こぼれのした両の大太刀を捨てた。


 残っている腰の二振りから、一太刀を抜いて、両腕で上段に構える。


 左腕の傾斜装甲けいしゃそうこう、腰の一太刀と五つの鉄鞘てつざや、限界を超えた戦闘機動で溶融ようゆうしかかっている後頭部の放熱用積層装甲ほうねつようせきそうそうこうまで、脱着する。


 脚部きゃくぶの展開装甲はすでになく、素体に一太刀だけをささげ持つ。


 パルサヴァールも、ほぼ損壊した大剣と斧槍を捨てた。


 腰の、翼のような放熱用積層装甲ほうねつようせきそうそうこうを展開して、基部に四腕をえる。


 小さな音がして、基部が外れる。左右それぞれの双腕が、翼状つばさじょうの二振りの大剣を空にかかげた。


 武術に、一足一刀の間合い、という定義がある。一度の踏み込み、一振りの攻撃で相手にとどく距離だ。


 機体の体格も武器の大きさも、パルサヴァールがまさっている。順当な間合いでは、リベルギントの攻撃がとどく前に、パルサヴァールの攻撃がとどく。


 ジゼルが、リベルギントの両腕を、さらに高く上げた。


 大太刀の刃先はさきが、右肩からまっすぐに天を突く。


 左半身を前にした横構え、柄尻つかじりを持った左腕のひじが、ほとんど頭上になる。


『とても……幸せな時間でした。ありがとうございます、イザックさま』


「終わらせるのは惜しいけれど、どっちかの最後の瞬間まで、一緒に行こう。つき合ってくれるよな、ジル?」


『こちらこそ、離しませんよ』


 それが世界大戦の、歴史の特異点の、本当の終決しゅうけつの瞬間だ。


 古い時代の終わり、新しい時代の始まり、秩序と秩序の狭間はざまにある混沌こんとんの終わり、いつかまた失われる平和の始まりだ。


 どんな形であっても、連綿れんめんと続く生命の輪の、ありふれた結節点けっせつてんの一つだ。


 風も、雲も、波も、鉄も炎も、音を消した。


 長かったのか、短かったのか。動いた時、リベルギントは静かだった。


 初動しょどうを完全になくした無拍子むびょうしの極意に、重心をひざの先に送り進む、縮地しゅくち歩法ほほうを重ねる。


 認識をすり抜けて、リベルギントが一足一刀の間合いのさらに先、死線しせんに到達する。


 リベルギントの大太刀と、パルサヴァールの翼状の大剣が、同時に動いた。


 斬撃ざんげきは基本的に、肩が支点の円運動だ。片腕でも両腕でも同じく、円周速度は腕の動きに限界を持つ。


 リベルギントの大太刀は、天を突いた構えから、ほとんど真下に落ちた。


 左腕の動きだ。


 左肱ひだりひじから先を落下するように引く、左肱切断さひせつだんとされる特殊な極意だ。


 合わせて右腕を前に出す。肩ではなく左手首を支点に、右腕の直線運動が太刀先たちさきの円周運動に変化する。


 大太刀は、右腕出力が生んだ斬撃の円周速度に、左腕出力が生んだ落下速度を上乗せして、常態じょうたいの限界速度を超えた。


 パルサヴァールが咄嗟とっさに翼状の大剣を手放して、四腕をひたいの上で交差させた。


 その腕に、大太刀が触れた。


 左肱切断さひせつだんによる斬撃は、間合いが短く、切断力も弱い。触れた刹那せつな太刀筋たちすじ微動びどうを抑えて完全に重心をとおす、鎧通よろいどおしの極意をかける。


 歩法ほほうの極意、斬撃ざんげきの極意、重心操作じゅうしんそうさの極意を集約させた剣術奥義、雲耀うんよう一太刀ひとたちだ。


 大太刀の引く閃光が、漆黒しっこくの巨体を両断した。



********************



 戦線は、膠着こうちゃくしたまま動きを止めていた。


 イスハバート王国軍も、マリネシア皇国軍も、ペルジャハル帝国軍も、東フラガナ共和国軍も、ロセリア帝国軍も、フェルネラント帝国軍も戦闘を停止して、終結しゅうけつの瞬間に舞う二柱にちゅうの巨神の姿に圧倒されていた。


 歴史の趨勢すうせいを、運命を、巨神達にゆだねることを受け入れた。


 そして決着して、雲間くもまからが差した。


 仰向けに倒れたパルサヴァールのかたわらで、リベルギントが片膝をついた。


 胸部装甲を開放して、ジゼルが黒髪を陽光に遊ばせた。汗で濡れた将校服を脱ぎ捨てて、上半身の素裸すはだかをさらす。


 パルサヴァールの胸部に飛び降りて、軍靴ぐんかを鳴らす。


 断ち割られた操縦槽そうじゅうそうの中から、機体と同じ左半身を損壊そんかいしたバララエフが、まぶしそうに見上げた。


綺麗きれいだ……。それに、楽しかった……出会えて良かったよ、ジル……」


「私もです。お別れは言いませんよ……あなたと私も、もう生命が結びついています。死んで、一つになって、別れて、生まれて……またどこかで、あいまみえることでしょう」


「また敵ってのは、切ないな……」


「あなたと私の、愛の形です。決して、おろそかにはしませんよ」


 ジゼルがバララエフを抱いて、口付けをした。


 バララエフが自分の血におぼれながら、残っていた右腕をわずかに動かして、ジゼルの黒髪に触れた。


 ジゼルはバララエフの唇を強く吸って、血を飲み下した。


 バララエフの体温が失われて、二人が離れた時、どちらも同じ血に濡れていた。


 素裸すはだかの上半身を深紅しんくに染めたジゼルが、立ち上がって敬礼した。


 リベルギントが右腕をゆっくりと動かして、大太刀を高くかかげた。


 白銀のやいばと黄金の、赤い血がかたどった幻影のフェルネラント帝国軍旗が、戦場にいる全員の目の奥にひるがえった。

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