39.舞いを献上致します

 リベルギントの初太刀しょだち横薙よこな交差こうさ、パルサヴァールの双剣が下段内受げだんうちうけに止めて、斧槍ふそうをまっすぐに突き出した。


 リベルギントが機体をひねりざま、太刀を二連にそろえて左上段斜め斬り下げに振り下ろす。


 斧槍がはね上がり、受けながら、双剣が別角度の斜め斬り上げでリベルギントを追う。


 二機が、弾かれたように間合いを離した。


『一手、遅れますね』


 パルサヴァールは、左右の双腕で武器の間合いが違う。


 右半身を前にした横構えで、その間合いが重なる。単純な連撃れんげきではなく、独立した同時攻撃になっている。


『武術を勉強しましたか』


れた相手のことは、知りたくなるものさ!」


 パルサヴァールが踏み込んだ。


 斧槍の大振りの横薙よこなぎに、機体ごと回転して、背中回しの双剣が上段斬り下ろしと下段のり上げで追撃する。


 リベルギントは半歩を退いて横薙よこなぎをすり抜け、即座に踏み込んで左太刀で上段受け、右太刀でり上げを打ち落としながら正面に突き込んだ。


 パルサヴァールが胸部の曲面装甲で受け流し、巨体をリベルギントに叩きつける。


 リベルギントが重心をさばいて、すれ違い、交錯こうさくした。


『同感です。私も、約束した時からずっと、あなたのことを考えていました』


「嬉しいね」


『本来、人が持たない四本の腕を、どうして自在に操れるのか……あなたには、私達の前で決して見せなかった、もう一つの顔がある』


 目まぐるしく立ち位置を変え、踏み込み、打ち込み合い、斬撃と刺突をわし合う。


 速く、鋭く、ましたやいばの一点で交感こうかんする。


 ジゼルがリベルギントの、牙を持つ白骨を模した面貌めんぼうの奥で、微笑ほほえんだ。


『あなたは奏者そうしゃですね……恐らくは、鍵盤楽器けんばんがっき。四本腕を操っているのは、腕ではなく指運しうん。あなたの動きには、武術とは異なる拍子ひょうしがあります』


 バララエフの沈黙は、微笑ほほえみ返しの肯定だった。


 リベルギントが右太刀を上段真っ向斬り下ろし、左太刀を外胴横薙そとどうよこなぎに振りつつ、左右共に投げ放った。


 同時に脚部装甲きゃくぶそうこうを展開、動車輪で後退加速、直後に火薬式緊急脱着装置で膝下ひざしたの装甲を基部から捨てて、後ろに大きく跳躍ちょうやくした。


 パルサヴァールが二振りの大太刀を弾いた時には、リベルギントは最初に地に突き立てた大槍を引き抜き、右半身を前にして両腕で構えた。


「それじゃあ、なおさら手数が減るよ?」


『あなたの指の繊細せんさいさ、堪能たんのうさせてもらいました。返礼に、舞いを献上致けんじょういたします』


 リベルギントが、歩いた。


 重心を一定にたもち、踏み込むでもなく、すべるように歩く。


『恥ずかしながら、私には音楽の素養などありませんが……武術の歴史には、芸達者な御仁ごじんがいたようですよ』


 歩きながら、リベルギントが大槍を突く。鋭く速く、けれんのない直突きだ。


 パルサヴァールの斧槍が受ける。


 同時に返したはずの右肩の、双剣の左右の横薙よこなぎは、だがリベルギントの動きに追随ついずいできなかった。


 リベルギントは、歩いているだけだ。


 速度を変えず、間合いをたもち、左に向かってを描いて歩く。右半身を前に構えたパルサヴァールの、背中に、背中にと回り込む。


 パルサヴァールが、一定速度のリベルギントの動きの先に、踏み込んだ。双剣と斧槍、間合いを重ねた三軌道三連撃を放つ。


 最初に到達した剣の一撃だけを大槍ので受けて、リベルギントはすでに動きの先にいた。


 大槍の一閃が、パルサヴァールの右肩背中側の装甲をつらぬいた。


 駆動基部くどうきぶに届く瞬間、パルサヴァールが強引に上体をかがめてさばく。


 ゆっくりと歩いているリベルギントが、完全にパルサヴァールの背中を取った。


 続くリベルギントの渾身こんしんの直突きを、パルサヴァールが双剣を捨てて、背中の大剣を振り抜きざまに受けた。そのまま、大剣と斧槍で円をぐ。


 リベルギントは速度を変えず間合いを外し、ゆっくりと歩きながら、やはりパルサヴァールの動きの先にいた。


 速ければ速いほど、瞬発力を上げれば上げるほど、制動と次の動きにつなげるための力の消費も大きくなる。


 静止時間が大きくなる。動きの集約点が限定される。


 リベルギントの動きは一見して緩慢かんまんだが、重心はえず移動し、とどまらない。


 動き続ける線に、瞬断しゅんだんする点は追いつかない。静止の瞬間、線は必ず先に進む。


 始まりも終わりもない円環えんかんの一挙動、縮地しゅくちを超える歩法の極意ごくい無拍子むびょうしだ。


 ジゼルの体現する無拍子むびょうしが、パルサヴァールを無限の円環えんかんに封じ込めた。


 大剣も斧槍も常に間合いを外され、流転るてんの中で、大槍の間合いだけが自在に結実けつじつする。パルサヴァールの漆黒しっこくの曲面装甲を、次々と槍先がつらぬき、穿うがつ。


「すごいな……こんな動き方が、あるのか……っ!」


 バララエフの感嘆かんたんが、パルサヴァール自身の咆哮ほうこうに重なった。


 ひびと刺突痕しとつこんにまみれた全身の曲面装甲が、内側から爆砕するように弾け飛んだ。無貌むぼうの仮面も割れ落ちて、リベルギントと酷似こくじした、白骨の牙が叫んだ。


 巨体が螺旋らせんを描いて、大剣と斧槍が円環えんかんの流れを追った。無拍子むびょうしではなく、黄金三角形を象形しょうけいする三拍子だ。


円舞曲えんぶきょくだよ! ひとりで踊らせたりはしないさ、ジル!」


『光栄です……イザックさま。共に果てるまで、触れ合いましょう』


 大槍が、大剣が、斧槍が、円環えんかん螺旋らせんの軌跡でかがやき合った。


 光を収束してぶつかるやいばの澄んだ音が、瞬く火花が、地上の流星となった。


 薄曇うすぐもりのそらの下、血と鋼鉄と死に満ちた戦場で、おもい定めた相手の生命いのちを断つ。そのただ一心の純粋さが、嵐のようなたかぶりとなった。


『この気持ちを、愛と定義して構いませんね』


「もちろんさ! やっとその言葉を、言ってくれたね!」


 バララエフは男性だ。ジゼルと違って、神霊核しんれいかくに同化はできない。


 それでも反射速度と、信じられないほどの精緻せいちな操縦で、ジゼルに追随ついずいした。


 大槍が折れて、左右にまた大太刀を抜いた。大剣が欠けて、斧槍が割れた。


 撃ち続ける。流れ続ける。舞い続ける。


 ジゼルとバララエフは肉体の極限で、精神の極頂きょくちょうで、まじわり、ほとばしり、砕け散ることをよろこび合った。

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