38.もう思い出だ

 艦砲射撃かんぽうしゃげきが始まった。


 海上、互いに相手を黒点のように見る距離で、艦隊が戦闘機動に入る。シュトレムキントから、海猫達うみねこたちが一斉に飛び立った。


 散開して、それぞれの位置情報と視覚情報の相関そうかん、補足した船体、人体の縮尺しゅくしゃくから相対距離を逆算ぎゃくさんする。立体座標を構築して、直接到達しなくても、標的の位置を特定する。


 マリネシア、ペルジャハル、フラガナで積み上げた膨大ぼうだいな戦闘経験が成立させた、戦場予測支配だ。


 マリネシア沖やフラガナ大陸で見せた端末機能の直接接触による射撃管制しゃげきかんせいは、共闘したバララエフ達を通じて、すでにロセリア帝国軍に把握はあくされていると考える必要があった。


 ヤハクィーネとシュトレムキント、メルデキントの神霊核しんれいかくが、同じ精度を長距離非接触ちょうきょりひせっしょくで実現する並列演算式へいれつえんざんしきを、この時のために組み上げていた。


 マリリはメルデキントの操縦槽そうじゅうそうで、神霊核しんれいかくと同化した意識で、素裸すはだかの自分が戦場を包括ほうかつしているような感覚を受け止めた。


 たましいをつなげた隧道ずいどうから、神霊しんれいの力が流れ込んでくる。力を、人の意思で導き、束ねる。


 ロセリア帝国海軍は戦艦一隻、巡洋艦四隻、駆逐艦十三隻の戦闘艦隊だ。


 まともに打撃し合ったのでは勝ち目がない。特に戦艦は、純粋な砲撃戦で沈黙させるのは、不可能に近い。


 フェルネラント帝国軍の戦艦が同じ戦艦を抑えても、防衛線を維持いじしつつ、マリネシア皇国軍の高速巡洋艦ドランケルキント一隻で他の全艦艇を攻略するのは、いかに神霊核しんれいかく精密射撃管制せいみつしゃげきかんせいをもってしても至難のわざだ。


 勝機は一点、この初撃で、敵戦艦の艦橋かんきょうを撃ち抜く。


 マリリはすでに、戦闘機動と荒れる海面で激しく動く敵戦艦の艦橋かんきょうを、空間座標と視覚情報で認識していた。


 前面窓に堂々と、見知った顔があった。


「わかっているよ……私も、おまえと同じだ。人殺しだ」


 マリリは、一人で言葉にした。


「たくさん殺した。誰かの息子を、夫を、父親を殺してきた……その生き方を選んだ。後悔はない。怒りも憎しみも、もう思い出だ」


 視覚情報の先で、カザロフスキーが笑った。視線が、合ったようだった。


「だからこそ、決着だけはつける。私とおまえの戦争に、私とおまえの意思で……そうだろう? 戦友」


 マリリが、引き金をしぼる。


 引くではなく、しぼる。


 着弾時間を計算した四箇所の予測位置に、それぞれ一発の特殊徹甲榴弾とくしゅてっこうりゅうだんを送り出す。続けてさらに六発、偏差射撃へんさしゃげきで追撃する。


 マリリは一度だけ目を閉じて、海猫航空偵察隊うみねここうくうていさつたいの一分隊を陸上方面に向かわせた。


「あとはまかせたぞ、共犯者」


「充分だ、婚約者」


 ドランケルキント艦橋のメルルが、律儀りちぎに伝えたのだろう。ナドルシャーンからの聴覚情報への返答に、マリリが少し慌てた。



********************



 無限軌道むげんきどうによる戦車の走破性は、本来、塹壕ざんごうを踏み越えるためのものだ。泥濘でいねいや多少の高低差で、進撃をはばむことはできない。


 だが、搭乗者の負担と心理が進路を限定し、進撃速度にも差が生まれる。


 丘陵きゅうりょう窪地くぼちが重なり、しもが降りて凍結しないフェルネラントの地理条件が、侵略者を拒んだ。


 ラークジャート率いるペルジャハル帝国軍の砲兵隊は、戦車大隊を直接砲撃するのではなく、まず鼻先の進路を曲射で徹底的に掘削くっさくした。


 戦車の足が鈍り、随伴歩兵ずいはんほへいが立ち往生する。


 散開したペルジャハル帝国、東フラガナ人民共和国の両軍銃兵隊が、小隊ごとの集中射撃で随伴歩兵を掃討そうとうする。


 丸裸で突出した戦車に、チルキス猟兵隊が肉迫し、携帯爆薬けいたいばくやくを点火した矢で無限軌道を損壊そんかいさせる。


 動きが止まった戦車を、ペルジャハル砲兵隊の火砲が、改めて砲撃して破壊した。


 一瞬の遅滞ちたいも失敗も許されない精密な連携を、ペルジャハル帝国陸軍のきたえ抜かれた練度れんどが、東フラガナ人民共和国陸軍のまされた感覚と柔軟性が、チルキス猟兵隊のはがねのような強靭きょうじんさが、戦場の混乱をものともせずに実現した。


 戦場の至るところで、ロセリア帝国軍の挙動きょどうを完全に把握はあくし、対応する。無数のしげみの中に、こずえの影の暗がりに、猫の目が光り、鳴き声が低く響き渡る。


 やがてロセリア帝国軍兵士は、目に見えない兵力を見るようになり、とどろきを聞くようになった。メルデキントの支援砲撃も加わって、五倍の兵力差を支えて、一進一退に前線が膠着こうちゃくした。


 その前線の一角、急流が渦巻うずまく中心の一点のように、空間が静止していた。


 リベルギントとパルサヴァール、深紅しんく漆黒しっこくの二機、鋼鉄の巨神像が相対あいたいしていた。


「本当に、ジル達はすごいよ。でも、いつまでも支えきれない。正面からのぶつかり合いで、この兵力差はくつがえせないよ」


 バララエフが、パルサヴァールの操縦槽そうじゅうそうで口を開く。


 同調したリベルギントが、ジゼルが聞いていることを、認識している。ジゼルが、こたえて笑う。


『まともな戦闘であれば、そうでしょう。ですが、あなた方は敗戦国を、ただ蹂躙じゅうりんし、凌辱りょうじょくするために来た。抵抗され、殺されることなど想定の外……話が違う。皆、そう思い始めている頃でしょう』


「おっかないね。その通りだよ」


 バララエフが音声越しに、諧謔かいぎゃくした。


 ジゼルが、リベルギントが大槍を地に突き立てて、両腕に大太刀を抜いた。二振りを、大きく翼のように開いて構える。


『あなたが倒れれば、総崩れになります。それでも私のために、とどまって下さいますか』


「約束だからな。もう待たせないよ」


『素敵です』


 パルサヴァールが右肩を突き出し、双剣をリベルギントと同じように、大きく開いて構える。左肩の両腕が、長大な斧槍ふそうを低く腰だめにえた。


 そしてリベルギントが深紅しんく燐光りんこうを、パルサヴァールが漆黒しっこくの影を引いて、動いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る