37.生きるか死ぬかですね

 フェルネラント、マリネシア連合艦隊とアルメキア艦隊との、大洋決戦たいようけっせんに至るまでの一連の海洋戦闘に、ロセリア海軍は参加していない。


 巡洋艦を改造した艦載機輸送専用艦艇かんさいきゆそうせんようかんていの登場、航空偵察こうくうていさつによる先制発見と降下打撃、電波探査でんぱたんさと対空防御の重要性、それらの戦闘経験を持っていなかった。


 艦隊はあくまで圧倒的な火力による直接打撃を目的として、航空支援は地上基地からの遠征であり、天候に大きく依存する。


 なければないで、どうとでもなる。大規模兵力の集中運用が可能な大国の、戦う必要もなかった大国ゆえの、この一瞬、一点のすきだった。


『敵戦力の偵察情報は、共有しましたね。メルデキントはドランケルキントの指揮に従い、海上戦力を打撃して下さい』


 ジゼルが、搭乗したリベルギントの神霊核しんれいかくを通じて、シュトレムキント甲板上のメルデキントに搭乗している、音声同調したマリリに思考を直接送信する。


 マリリが、感情を押し殺したような声で応答した。


「こちらの陸上火力支援は、ペルジャハル陸軍の砲兵隊だけです。敵の戦車大隊に不足します」


『それは私が受け持ちます。海上戦力も、マリネシア海軍一隻では防衛線を構築できません。抜けられれば、負けです』


「ですが、戦車大隊とパルサヴァールを同時に、ジゼル様お一人では……っ!」


「あー、なに話してるかはわからねえが、大将の考えそうなことはわかってるぜ。安心しろ、俺達がしっかり面倒見てやるさ!」


 展開した総数八〇〇の陸上戦力の指揮本陣で、クジロイが叫んだ。


 クジロイ、ラークジャート、ニジュカの三人が並び立ち、足元のリントをかいして、視覚情報と音声信号がジゼルに伝達する。


 ジゼルが搭乗した、いや、すでに神霊核しんれいかくと同化して意識を共有し、ジゼル自身の肉体となったリベルギントの機体が、指揮本陣を見る。


 音声信号は、リベルギントの神霊核しんれいかくからほとんど自動的に、マリリにも転送している。


 リベルギント頭部装甲の、牙を持つ白骨はっこつ面貌めんぼうの奥で、心外とばかりにジゼルの意識が口の両端を下げた。


「フリード隊長、我々の今日があるのは、全てあなたの働きによるものだ。私も兵達も、その恩の幾分かを、戦うことで返すためにここにいる。御遠慮は無用に願う」


「まったくだ! どこで死んだって同じだぜ、気にすんなよ!」


 ラークジャートとニジュカが、クジロイにならう。少し後ろに、ハシュトルとワンディルが並んだ。


「皆様が蓄積ちくせきされた戦闘経験は、すでにヤハクィーネ様から御教示いただいています! 戦車への対処戦術も、航海の途上、兄上と研究しました!」


「こんだけぬかるんだ、でこぼこの土地で、戦車なんてまともに走らねえって! 魔女の姉ちゃんは、オトコのことだけ考えてろよ!」


 威勢の良い二人に、クジロイがラークジャートとニジュカを見て、愉快そうに笑った。


「おまえら、いつ死んでも安心だな。またつるんで暴れられるなんて、嬉しいぜ」


「同感だ。陸戦指揮は任せてもらおう。これだけ詳細な偵察情報があれば、五倍程度の兵力差、どうとでもして見せる」


「そう言や、昔は勝手に、セラフィアナをけて暴れたよなあ。なあ、ラージャ。これで一人で生き残ったら、やっぱりセラフィアナを口説くどけるってことで良いのか?」


 ニジュカの空気を読まない一言に、ラークジャートが仰天した。


「ふ、ふざけるな! 良いわけあるか!」


「あっはっは! そいつは良いな、ニジュカ! 俺も乗ったぜ!」


「クジロイ! おまえまで、馬鹿なこと……」


「俺達二人とも、死んじまうような使い方をしろよ、ラージャ。でなきゃ、うちの大将を納得させられねえぞ」


 クジロイの言葉が、ラークジャートの目を白黒させた。ニジュカが大笑いした。


 ジゼルも、もう苦笑するしかなかった。


 ちょうどその直後、東に見る海の、北方の水平線の彼方に、ロセリア帝国海軍の艦影が現れた。


 海猫航空偵察隊うみねここうくうていさつたい本土猫斥候偵察隊ほんどねこせっこうていさつたい哨戒網しょうかいもうが、陸海の侵攻戦力を確認する。


 広義こうぎ接敵せってきだ。


 あとわずかで、戦端せんたんが開く。情報が、全部隊に通達された。


『ラークジャート皇帝の進言を受け入れます。同様に、海戦指揮はマリネシア海軍に一任します』


 ジゼルの発信を、陸上指揮本陣でリントが、海上指揮本陣となったドランケルキントの艦橋に乗っているメルルが、それぞれ受け取って電信用の記号表を踏み、二種類の鳴き声で読み上げる。


 メルルにはメルデキントの端末としての役割があるので、ドランケルキントにはもう一匹、視覚情報と音声信号をジゼルが受け取るための、同調済みのまっ白な本土猫が同乗している。


 ドランケルキントの神霊核しんれいかくの端末となっているヤハクィーネの身体の一人、40代のたおやかな黒髪女性が胸に抱いて、艦長席の横に立っていた。


「マリネシア海軍ドランケルキント、海戦指揮権の移譲いじょうを確認した。ルシェルティ、座席帯ざせきたいを締めろ」


「お兄様。皆、どこまでも一緒ですわ。存分に御采配ごさいはいあそばしませ」


 艦長席に座っているのは、ルシェルティだ。


 ナドルシャーンとヒューゲルデンは前面窓に向かって立ち、すぐ後ろの床で、チェスターがメルルの記号表と海図に目線を行ったり来たりさせている。


 そのチェスターが、ふと左後方、フェルネラント本島に向けて大きく湾曲した海岸線を見る。一度目をこすって、双眼鏡をのぞいた。


「ヒューゲルデン将軍、南南西に艦影! 一隻です」


 チェスターの報告に、すぐさまヒューゲルデンが、古めかしい手持ちの望遠鏡を伸ばした。はげ上がったひたいに、白髪のまゆが跳ね上がる。


「嬢ちゃん、見えるか! 援軍だぞ!」


 ヒューゲルデンの指示を待たず、海猫うみねこの一羽が急行する。マリネシアの星を持っていた個体だ。


 視覚情報はシュトレムキントだけでなく、リベルギント、メルデキントも同調している。


 リベルギントが、ジゼルが見る。


 メルデキントが、マリリが見る。


 そしてシュトレムキントが、ヤハクィーネが見る。


 相互補完で、すぐに全軍に情報が展開した。


 フェルネラント帝国海軍の戦艦だ。ただ一隻、だが甲板上のあちこちに野戦高射砲や速射砲がくくりつけられ、水兵だけでなく、陸軍兵士も駆け回っていた。


 艦橋直上に、剣と陽光をかたどったフェルネラント帝国軍旗ていこくぐんきと、戦闘旗せんとうきかかげている。


 加えて舳先へさきの最先端で、緋色ひいろ金糸きんし刺繍ししゅうした皇族特使こうぞくとくしの制服を着たユッティが、同じく剣と陽光にエトヴァルト個人の御紋ごもんを追加した帝国軍旗ていこくぐんきを持って立っていた。


 この瞬間、すべての戦闘行為はエトヴァルト第三皇子の下命かめいとなった。


 全将兵の行動は正統な命令に従うものとなり、降伏宣言こうふくせんげん武装解除ぶそうかいじょ受諾じゅだくに反する戦争犯罪は、もってエトヴァルトただ一人の責任となった。


 エトヴァルトの極刑きょっけいを決定するはたを、ユッティは静かな笑顔で、向かい風にひるがえしていた。


 ジゼルも、リベルギントの奥で笑う。


『ヤハクィーネ様、シュトレムキントを後方に。情報支援に専念して、海上防衛線をドランケルキントとフェルネラント帝国軍にゆだねて下さい』


「了解致しましたわ」


 シュトレムキントの艦橋では、三毛みけの本土猫がシュシュに抱かれている。あくびをする猫に、いかつい顔のヤハクィーネが、丁寧ていねいに一礼した。


『マリリ、メルデキントは遊撃戦力として独立、目標設定は自由です。陸海ことごとく撃ち抜いて、私のつゆ払いをなさい』


「はいっ!」


 マリリの声に、シュトレムキント甲板上のメルデキントが深緑しんりょく燐光りんこうまとい、両腰の長距離砲を展開する。情報共有の信号伝送線は、すでにシュトレムキントと連結していた。


 陸上戦力の最前線、片膝をついていたリベルギントが立ち上がる。


 全身甲冑にも似た、人体の三倍に相当する鋼鉄の巨神像だ。


 両腰に三振りずつの大太刀、脚部装甲には展開式の動車輪、右腕に総身鋼拵そうしんはがねごしらえの大槍を持ち、左腕には近接格闘戦にも使用できる小型の傾斜装甲けいしゃそうこうを増設して、後頭部から背面に伸びた突起状の積層装甲せきそうそうこうが放熱の陽炎かげろうを発した。


『あとはもう、生きるか死ぬかですね』


 山野さんや稜線りょうせんに、水平線の遠景に、鉄の奔流ほんりゅうが現れる。


 有効射程距離が交錯こうさくする。狭義きょうぎ接敵せってきが始まった。


 ジゼルが呼吸を変えた。


 ジゼルと神霊核しんれいかくが、生命の熱を交感こうかんする。


 ジゼルの身体の奥、たましいの奥から、神霊核しんれいかくを通して神霊しんれいそのものを導く道が開く。力の流れを、出力を解放する。


 リベルギントが、深紅しんく燐光りんこうと熱に輝いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る