4話 犯したもの
彼と過ごした、たった5年の記憶で彼の何がわかったのだろうか。真意は、本質は探れたのだろうか。19年、俺をやっていても、俺の本質なんて見えてこなかったというのに。
ずっと、苦痛による疲弊した精神が擦り切れた際垣間見えた自我が、俺の本質だと考えていた。でも違った、生きれば生きるほど自分も他者も深いところにいることが知れた。でも、自分の反証が増えていくことには変わりがなかった。
気が付いたことがあった。
肉体も、精神も、意味なんてなかった。こいつらは俺に関係なくそこにいた。
ずっと、ずっと消えてしまいたかった。何のために生きているのかなんてわからなかった。必死に考えたことだって、他人によって曲げられる。神の存在理由、生きている意味、食事をおいしく食べる意味、そして人を愛すちっぽけな理屈、それらすべてが軽々しく曲げられた。
「ねぇ、君あのゴウン様に願ったの?」
彼女は、ベランダから身を乗り出し隔て板越しに僕の顔を伺う。その目はりんご飴のように輝いていた。
彼女の質問には、答えなかった。いや、答えられなかった。
「けむたいな~、君未成年でしょ。いけないんだぁ」
顔をしかめ、さらにその身をぎこちなく乗り出し僕の顔を見ようとしてくる。
彼女は、僕が答えられないのを感じたのか露骨に話を逸らす。
「もう、洗濯物に匂いついちゃうじゃん」
「ごめん…」
僕はタバコを少し湿らした缶に入れた。かつてミートソースのいい香りを出していたその缶はもう父の匂いしかしなくなった。
「ふふ、意外と素直なんだね、こわ~い不良だったらどうしようかと思ったよ」
楽しそうに肩を揺らす、綺麗な彼女はきっと。
「そういえば、なんで僕の年齢知ってんの」
タバコの入った缶を室外機の上に置き彼女の回答を待つ。
「君、少し前に学生証落としたでしょ、その時に見たんだよ、あんまりきれいに映ってなかったね証明写真」
「そういえば届けてくれたことあったっけ」
西日がさす部屋でメンソールのタバコは偽物の涼しさをくれた。
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