矛盾に気が付かない

ちょうれい

第1話 バカ

 恋愛を理由にした現状の破壊行動が嫌いだ。孤独を理由にした恋愛の歌詞が嫌いだ。情景を恋愛に無骨に当てはめようとする愚か者が嫌いだ。


 おれはひどく頭が悪かった。勉強面でもそうだが思想の未熟さでも阿呆と言わざるをえなかった。勉強面に関して言えば、羅針盤無しに大海原に出向くくらい愚かな旅人だった。おれの頭の中はもはや無一文だ。でもおれは、基準を学ぼうとしなかった。

 知見の狭いおれは死にたいという言葉の表面を本質が見えるまでこすり続けた。

 毎日がおれからすれば晩年だった。

 それで人に寛容に接することができるなら嬉しいまであった。

 生とは点で死は線なのだ、おれたちはこの世に生を受けた時点で死に続けている。

 生を考える時点で死を考えなければおこがましい。

「なぁ、なんで死にたいと思うのだい?」

 彼が聞いてきた。

 知見を広め諦めを学んだ彼が聞いてきた。

「…おれのかってだろ」

 おれは珍しく冷たくあしらった。

 炭酸の抜けた温いコーラを飲み、たばこを口にくわえた。

 頭が左右に振られる気がしてたばこにうまく火が灯せなかった。

 彼はいつにもなく口角が上がっていて酒が廻っているのがよく分かった。

「おのが手で死を選ぶことこそ厚かましいと思うだろ?」

 彼は酒が苦手だった。飲むときはいつだって弱り切った精神をたたき起こすときだ。

「死とは運命に組み込まれないといけないんだよ…」

 努力を才能だと言い張り、努力を忘れてしまった愚鈍な肉片は運命を一丁前に語った。

 反論なんていくらでもある。だがおれ自身、強くそう思っていたのである。

 気取った言葉も深くは考えていない。

 その場しのぎの堕落を求め、まるで数奇な人生を歩んできたかのように生を蔑む。

 後悔の念でさえ忘れてしまったようだ。

 おれは赤く染まった彼の顔を眺め、たばこを深く吸い震えた手でコーラを口へ運ぶ。

「命とは、授かった物で、それを自分の意志で砕いてしまうなんてあまりにも傲慢とは思わないのかい?」

 神という曖昧なものに指をさし言った。神といっても彼が選択という餌あげて家畜のように飼っている人造人間のようなものだが。

 彼は少しオカルティズムなところがあった。

「膨大なものは、人の価値観を大きく歪めちまうもんだな。」

 おれは半分も吸っていないたばこの火を机の角に押し付けて消した。

 机の跡は客人に見せれない位醜いものだった。もとより客人なんて呼ぶつもりはないが。

「ふふっ、うけうりかい?それ」

「ちげーよ」

 浪人した18の夏。図書館で半日程かけて読んだ小説の一文だった。

 感傷の中、おれの頭の悪さはひどく邪魔だった。見栄を張る他なかったのだ。

「おれ寝るわ、お前今日ここ泊っていけ。そんな状態で外に出て知らぬ間に逝くよりいいだろ。」

 たばこ臭い息を吐き、たばこの火がちゃんと消えているか確認した。

「ありがとう。じゃあ、勝手に布団引いて寝さしてもらうね。」

「あぁ…」

 おれは場違いなソファに横たわり昨日脱いでそのままにしていたコートにくるまり目を閉じた。


「このまま、殺してあげようか?」


 にやけて彼が言った提案はおれが求めているものだった。

 でも、そこには異物感が確かにあった。

「うるせぇ、死は人為によらないんだろ」

「あぁ、そうか、わかってるじゃない」

 おれは、生を拒絶することで死を実感しているつもりだった。

 もし、おれが言うように人生が直線なら生の拒絶は死の肯定ではなく、むしろ拒絶なのである。

 人生を否定することが生の拒絶に直結するとは思えない。

 生と死を対極に考えていたのは他でもないおれだったのだ。

 ありのまま、そんな一見本質そのものをあらわしているようで的外れな言葉が好きだった。

 おれがよく使う言葉だったからだ。

 死を拒絶…あながち間違いではないのかもしれない。

 秋の涼しい風が気持ちいと思えるし、春には花のにおいが鼻腔に居座り心地いいと思える、早朝の霧のように漠然としたものだが希望はあった。

「はぁ…」

 また明日も生きなければいけなくなった。

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