6話 片腕の少女

「ねぇ、俺っていつ大人になれるのかなぁ」


 机に向かって安物のシャーペンを持ちひたすらノートに何かを書きながら兄が言った。何の勉強をしているのか私にはさっぱり解らない。


「わかんないよ」


 私は、珍しく冷たく返した、自分で目標を設定して、自分で筋道を立て、そして努力をする兄は私から見れば十二分に大人に見えたからだ。

 そんな兄に私は心の底から尊敬していた、そして、もっと私との差を広げて私をみじめに見せてほしかった。そしたら私はもっと生きた心地がするのだろうか。


「はぁ、んで、何かあったのか?」


 私は、この傷心を悟れまいと続けて兄のベットの上で漫画を読み進めた。

 私と兄は一つの部屋を二人で使っていた。昔は家族全員でこの部屋に布団を敷いて寝ていたが、私たちが大きくなってこの部屋は兄と私が使うようになり、両親や妹は、リビング横の和室で寝るようになった。そして妹が中学に上がったころくらいから、キャンプ道具や使わないソファを置いていた少し狭めだが一人が使うのには十分な部屋を開け、3兄弟でそこを誰が使うかを決める話し合いをした、最初は順調に進行していると思われていた話し合いだが、妹がわがままを言い両親に泣き喚いた結果その部屋は妹のものとなった。

 私は、別にどちらの部屋でもよかった、何なら選択肢を奪われたことに対する幸福感を感じたほどだ。しかし、それを悔しがった兄が悪態をつき、そのたびにこの選択が正しかったのだと自分自身に言い聞かせているのをよく覚えている。


「べつにぃ~」


 漫画の内容なんて入ってこなかった、次第に周りの音が小さくなって心臓の鼓動に入れ替わる。私はただ機械的に漫画のページをめくった。

 努力を怠らない兄に努力をしたくない、と言えるはずがなかった。

 私は惨めを求めているはずなのにそれを拒んだ。傷心の昇華中、私の頭の悪さは枷にしかならない。

 

「進路相談か」

「……」


 そうだ、進路相談だ。私は兄みたいに努力はできないし、妹みたいに才能もない。兄みたいに浪人してまで目指したい大学なんてないし、妹みたいに多くの選択肢を持っていない。

 唯一自信のあったバレーも、絵を描くことも中学で上手い人にあって才能、いや熱力の差を思い知ってやめてしまった。

 私は何があるのだろう。自分を責める言葉も頭が悪いせいか思い浮かばない。

 このままでは自分を忘れてしまいそうだ。


「進学するんだったら身の丈に合った大学選べば俺みたいに苦しまないぞ」

「…うん」


 兄は苦しんでいるようには見えなかった、むしろ充実感を感じいて生を楽しんでいるように見えた。

 私にも何かこういったものを持つことができたのだろうか。


「就職するんだったら、学校の話をよく聞けよ」

「…うん」


 就職はしたくない。学校以上の客観視を受け入れる想像ができないからだ。でも、高校二年の夏まで勉強もろくにしてこなかった私には進学という未来も見えない。


「俺は、お前が羨ましいよ」

「…え」


 予想外の言葉に、全身の毛が逆立ち視界が透き通る。嫌味かと思ったけれど兄のことを考えればそれは限りなくゼロに近い。

 本当にそのままの意味なのだろう。


「なんでなんで、椋ちゃんが人をほめるなんて珍しい」

「う~ん、なんとなくかな、まぁとにかく篠にはいいとこがたくさんあるってこと」

「ふ~ん」


 その言葉に私は少し嬉しくなった。

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