7話 赤い目の美しい少女

 私は高校三年生になり進路を進学と決め、それに向かって順調に勉強を進めていった。兄は志望校の私には手が届かない大学に受かり、妹は兄と同じ偏差値の高い高校に入った。

 私は嬉しかった、自分を反証していくものが増えていったのだ。


「明日東京行っちゃうの?入学式もっと先でしょ」

「そうだよ椋、もっとこっちに居ればいいのに」


 私たち兄弟は、たまに兄と私の部屋でこうやって集まって喋る。

 私はこの時間が大好きだった。優しくて頭のいい兄、わがままだけど芯のある妹、その二人がたまらなく好きなのだ。


「あっちで、いろいろ準備もあるしさ」

「あ~、家具揃えないといけないんだっけ」


 お母さんと話している兄の話を聞いていた。

 私から観測されない兄は生きているのだろうかという疑問が湧いてくる、私はそう考えるくらい自己中心的だった。


「そうそう、入学式までには住める状態にしておきたいし、それに誰に見せても恥ずかしくない部屋にしたいんだ」

「呼べる友達も彼女もいないくせに、よく言うね」


 妹が手に持っていたポッキーで兄を指しながらにやついて言った。

 

「柊、お前だって友達少ないだろ、もっと篠を見習えよ」

「椋と違って私はたくさんいます~」

「ネットにでしょ」


 私は、ポッキーで妹を指しながらにやついて言った。


「うぅ~、篠ちゃんの意地悪」

「ごめんごめん、ってなんで椋ちゃんもへこんでんの」


 私は兄と妹をなだめた。私と違って二人は頭いいじゃんとか、音楽だってできるじゃんとか、絵だって私より全然うまいじゃんとか言って。その後二人は立ち直りたわいもない会話を続けたが、なだめて私が放った言葉を聞いたときの二人の表情は暗かった。なぜだったのだろう、自虐的な内容が気に障ったのだろうか。


「ははは、でも篠はやっぱすげーよ、なぁ柊」

「確かに、篠ちゃん的確にいいことも嫌なことも言えるもんね」

「それは誉めてるのかなぁ」

「はは、確かにそれもある、でももっと深いとこに篠のいいとこはあると思う」

「なにそれ、カッコつけても友達と彼女はできないよ椋ちゃん」

「うるせぇよ」


 私は茶化したが、うれしかった。唇が緩んでいるのを感じた、抑えていなかったら喜びで情けない声が出てしまうほどに。


「私もう眠い~、寝る」

「確かにいい時間だな、寝るか」

「そうだね」


 私たちは、昔のように川の字で寝た。大人になることを求めていたあの頃に戻れた気がした。

 もっと詳しく聞いていればよかったと思った。気恥ずかしさなんて捨ててもっと詳しく聞いていればよかった、ありがとうと伝えればよかった、もっと、もっと…喋っていたかった。




 1ヶ月後兄は死んだ。自殺だった。

 この凶報をお母さんから聞いたのは塾で勉強をしていた時だった。


「篠ちゃん…いま、警察から電話が来て…りょうが死んだって…わ、わたしどうすればいいかわからない…」


 最初は趣味の悪い冗談かと思い軽い冗談で返していたが、お母さんの海底に落とされた様な悲哀に満ちた声色を聞くと悲痛な現実に私の体は徐々に戻された。


 私は悔しかった、兄は楽しかった記憶も苦しかった記憶もすべて捨てたのだ、そして一生大人になれないし、一生成長しない。

 何もかも嘘だったんだろうか。

 この前話した兄が死ぬわけなんてない。冗談を言って笑い合った兄が死ぬわけないのだ。

 

 でも死んだ、完膚なきまでに死んだ。


 ここから生の本質を希少性に求めるのはやめにした。

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矛盾に気が付かない ちょうれい @sirius-74

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