2話 肉体の叫び
ある朝目覚めると君はいなかった。
肉体はそこにあるのに、君はいなかった。
彼のお気に入りだった出来の悪いグラスと熱のない肉塊があるだけだった。
「あぁぁっぁ…」
冷たい君の手だった部分を握りながらこの事象に併せて声を絞り出す。
頭ではわかっていたのだ、でも身体がついてこなかった。
彼は、どこから出してきたかもわからない青いはちまきを寝室のドアノブにガムテープで固定して座り込む形で首を吊っていた。
横には数冊の分厚い本が散らばっていた。
この憫然な姿にはあまりにも鮮やかすぎる首の青は気持ち悪いくらいにくっきりとその残像を目に残す。
そういえば、それは高校最後の文化祭で配られたはちまきだった気がする。
とは言っても3日あるうちの2日、近くの映画館で同じヤクザ映画を二人で見て最終日の校庭の金をかけたバカでかい花火しかろくに覚えてないそんな文化祭だ。毎年、質実に参加していたのだがその年だけ違った。変わらなければいけない気がしたのだ。
そのヤクザ映画はというと、話の本質は薄いし、演技も、アクションもいまいちで、本編前のプロモーションビデオのほうが何倍か面白いほどだった。何より主人公の恋人が雑に殺されてしまうところが気に食わない。
それでも、俺たちは二日間もその場所にいれるくらい反骨精神があった。今でもその当時でもばかばかしいと思えるその精神は、我々二人を老人のようにほおけさせた。
学校を途中で抜ける感覚とは根本的に違う何かがあった。
完全に溺れていたのだ。自分の中にあるかっこの悪い言葉でこの行動を推し量れるはずがないと感じていた。
震える身体で思惟した思い出は現状の打破のカギにもならない。
視界の揺れだって止まらない。
胃のたまり物が上がってくる感覚があり、口の中が顔をゆがめる程濃い血の味がした。俺は諦めてその場で出してしまった。
ほんのりコーラの甘い風味が鼻孔を擽る。身体が腐っているかのようで、感覚がつぎはぎだった。荒い息で台所に飄々と向かう。
途中、彼から出た液体、俺が出した液体を踏んだ。
彼のものが俺のものと交わった嬉しさ以外何も感じなかった。ずっとこうしたかったのだ。人格が否定された時だって、好きな音楽を二人で聞いた時だって、気色の悪い文章を書いた時だって。
それから、俺はシンク下のビンに詰められた大麻を取り出し、口に放り込んだ。
変わらず不気味な味がした。
なんで死んだのか解らない。
考えたところで仕様がない、生きていた理由もわからないから。
それに、知ったところで許すつもりはない。
自殺をする奴が俺を説教していいはずがないのだ。人を殺すのは犯罪だ、それが他人だって自分だって変わりはない。
大麻を吸っている俺と同じ犯罪行為なんだ。
でも、死んでしまったらそれまで。
彼は永遠に逃げたままだ。彼は変わらないままだ。
俺たちは若かった。
死を感じるには若すぎたんだ。
この日から、俺の視界はマーブル模様のように死が混じるようになった。
今まで考えてきたはずだった。ずっと考えてきたつもりだった。それでも俺は死から一番遠い場所にいたのだ。
ツンとした独特の匂いを感じたこの日、俺は初めてそれを空間で感じた。
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