第7話
私の“あの子”を返して欲しいんです。
#人喰いのひと仔さん
ーーーーーー
私の両親はふたりとも鬱病だった。
歳の十歳以上離れた弟と妹がいて、私は高校に通いながらもアルバイトをして、弟と妹の生活費を稼いでいた。
そんな家庭環境を知った上でも結婚してくれたのが、私の夫。
弟と妹が中学生に上がった時に、私は夫と結婚して、私は両親と縁を切り、弟と妹とだけ連絡を取るようにしていた。
夫のご家族は、私を本当の娘の様に受け入れて可愛がってくれる。
でも、向こうのご両親やお義兄さんに「子供は?」と、言われる。
私は、子供が欲しくない。
自分はマトモなつもりだけれども、なんだかんだ鬱病の両親の血が流れていると思うと、そんな子孫を残したくないし、弟と妹は育てられたけれども、自分の子供となったらどうなのだろうか?と、考えてしまう。
その事も夫には伝えてある。
この話をしてから、夫は子作りの“こ”の字も話してこない。
私が、避妊目的ではなくて生理周期の為にピルをずっと飲んでいる事にも口出ししてこない。
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ある日、夫の転勤が決まり都内に引っ越してきた。
新しい環境。
元々、友達は地元にはあまり居なくて、私の友達はSNSの友達が多い。
子供がいない分、パートで稼いだお金と隙間時間で可愛い洋服や靴が買って、それを同じ趣味のSNS友達とシェアして、かわいいカフェでお茶をして、それをまたSNSに上げる。
優しくて口出ししてこない夫でも、こっちに来てから「また靴買ったの?」と、小言を言ってくる様になった。
「可愛いカフェでパートしたい。」って言ったら、「意外と体力ないんだから。通勤範囲はここまでで探しなさい。」と、言ってきた。
なんとか夫の指定圏内でカフェを見つけ、無事採用された。
初めての憧れのカフェのアルバイト。
店長も穏やかで優しい。
ただ、他のパートさん達が嚴しかった。
優しいフリして、イジメを回していたのだ。
イジメを回しながらも、「子供は作らないの?」とか、図々しく聞いてくる。
そんなパートさん達に嫌気をさしていたある日、いつもなら遅番にいたはずの“あやちゃん”と言う女の子が、早番に入って来る様になった。
あやちゃんは、大学卒業後、公務員を目指して専門学校に通う様になり、早番にシフトが変わったらしい。
あやちゃんは、休憩時間に勉強をしていた。
何より、あやちゃんの存在は私の中で大きかった。
いつもニコニコしていて「公務員試験、今年こそ受かるんだ」って、キラキラしていた。
あと、お義父さんやお義母さんやお義兄さん、パートさん達みたいに「子供は?」なんて、話もしてこない。
SNSの友達とも違って、好きな物も全く違う。
すごく新鮮だった。
私は、初めてSNSでも家族でもない人に、自分の本当の家族の事や、生い立ちや、子供が欲しくない事をカミングアウトした。
すると驚いた事に、これだけ明るいあやちゃんは母子家庭で、ずっとお母さんが鬱病だったと言うのだ。
だからお母さんの為に、お金と時間と安定の為に公務員を目指している、というのだ。
キラキラしていたあやちゃんが、まさか似た様な環境で育っていたなんて。
私は本当に衝撃的だった。
八歳もあやちゃんは私より歳下だったけれども、私にはSNSじゃなくて、あやちゃんはどう思ってるかわからないけれども、ある意味初めて自然と出来た友達だった。
でも、あやちゃんは、公務員試験に落ちてしまったみたいで、そのまま普通の会社に勤める事にしたみたいで、カフェを辞めた。
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二年後、なんとなくLINEの友達整理をしていたらあやちゃんを見つけた。
久々に会いたくなって連絡した。
そしたらあやちゃんは変り果てていた。
痩せ細り、肌はボロボロで、目に光が無かった。
話を聞いてみると、会社はブラック企業で、彼氏が出来て、あやちゃんはその彼氏と同棲を始めた。
でもあやちゃんは、休みの日は鬱病のお母さんの所に行き、同棲している彼氏がモラハラだったらしい。
私は、あやちゃんが心配になり貯金があるなら、彼との同棲を解除すべきだし、お母さんとも縁を切っていいんじゃないかって話した。
あやちゃんは、力のない目で私の言葉に頷いた。
その後、あやちゃんから連絡が来た。
「彼氏に別居したい。って伝えたら暴力を振るわれる様になった。別居したのに、彼氏が家に来て暴力を振るって帰っていく。」と、言っていた。
その都度、あやちゃんに会うようにしていたのだが、どんどん肌も荒れて服装もお洒落でなくなっていった。
私の大好きだったあやちゃんを返して……。
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「それで、今回はどの様な手術を希望ですか?」
目の前には、白髪の女の子。
これが噂の“人喰いのひと仔さん”?
「えっと。あやちゃんを助けたいです!」
「なら、そのあやさんの彼氏さんをストーカーとして警察にお願いするのが普通かと……。」
「あやちゃんは、ボロボロになってもお母さんの所にまだ通ってるし、なんだかんだ彼氏は来るみたいだし……。あやちゃんは自分で自分の辛い方に向かってしまうんです。……あやちゃんが、人形とかみたいになって、何処かに連れ出せればいいのに……。」
「と、言うのは?」
「あやちゃんに“今の環境は良くない”って伝えても変わらないんです。でもそんなに頻繁にあやちゃんに会えない。
この小説で読んだんです!脳に直接手術すれば、思考が操れるって。」
「なるほど。でもパートの貴方に支払えるお金はあるのですか?」
「なんとかします!ローンとか組めますか?」
「子供相手にローンなんて組めるわけないでしょう。現金一括払いのみしか受け付けません。」
「ですよね。」
ひと仔さんは暫くしてから……。
「でも……私もそのあやさんを助けてあげたいです。」
「え?」
「取れる所からお金は支払ってもらってますからね。私はお友達がいないので、あやさんが羨ましいです。」
「ひと仔さん。」
「思考を変えるだけなら一瞬の手術方法があります。」
「本当ですか?」
「はい。」
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ひと仔さんと作戦を練った。
打ち合わせ通り、あやちゃんを私の家に呼び出した。
夫に怪しまれない様にしなくてはいけなかった。
でも……大丈夫。
玄関のチャイムが鳴る。
ひと仔さんだ。
私は玄関を開けた。
「随分とお部屋を暗くされているんですね。」
「あやちゃん、最近眠れていなかったみたいで……。」
「はぁ。あれ?旦那さんは?」
「夫も……なんだかんだ疲れてたみたいで。あやちゃんと一緒に寝てるんです。」
「一緒?」
「はい。」
廊下からリビングの扉を開けると、ひと仔さんは、驚いた顔をした。
「ひと仔さん?どうしたんですか?」
「ひぃい!」
「あなた。落ち着いて。噂のひと仔さんよ。」
私は、夫に話しかけた。
あやちゃんは、まだ眠ったまま。
「どういう事ですか?」
ひと仔さんの表情が強張った。
どうして?
「あやちゃん。まだ眠ってるみたい。今のうちに手術をお願いします。」
「貴方……狂ってる。」
ひと仔さんが、私に言った。
狂ってるのかな?私……。
ただ友達を助けたかっただけなのに……。
でも私にはSNSで沢山の友達も出来たんだよ?
今日はその友達にも来てもらっていたから……。
ひと仔さんにも会ってもらって……。
仲間になって欲しかったのにな……。
「ひと仔さん……?」
私がひと仔さんに話しかけた瞬間、首に激しい痛みが走った。
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『それでは、続いてのニュースです。
都内で、ひとりの男性から通報があり、四人の女性が逮捕されました。
現場には、もうひとり、女性が居ましたが無事に保護され、現在も病院で治療中です。
男性と女性達の関係はSNSで知り合ったという事で、一人は男性の妻との事です。
男性によりますと、「以前から妻が、SNSで変な宗教にハマりだしていた。」と、供述しており、
また妻である女性は、現在も「信仰が足りない。人柱が。」と、呟いているそうです。』
#人喰いのひと仔さん#
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