人喰いのひと仔さん

あやえる

第1話

 私の名前は、れいか。七歳。

 お父さんとお母さんが歯医者さんなの。

 五歳の妹もいて、四人家族。

 

 でも、家族以外にも助手の人達や、患者さんも、たくさんいる。


 みんなに、

「れいかちゃんは、お勉強も出来て、妹さんの面倒も見てて偉いね。」

「リボンの二つ結び可愛いね。え?れいかちゃん自分でやってるの?妹さんのリボンの三編みも?凄いね!」

って、よく言われるの。  


 私のお父さんとお母さんは歯医者さん。

 日曜日と祝日以外は、お仕事だし。

 私が学校の日も、朝早くから夜の九時くらいまでお仕事。

 いつも同じおうちにいるはずなのに家族の時間がない気がする。  


 でも、優しいお父さんとお母さんに可愛い妹。

 美味しいご飯に可愛いお部屋にお洋服。

 友達もたーくさんいるから、私はしあわせ。


ーーーーーー


「はい!れいかさん!正解でーす!」

「すごーい!さすがれいかちゃん!」

「れいかちゃん。お洒落で可愛いだけじゃなくて、お勉強もスポーツも出来るんだよね!」

「お父さんとお母さん、歯医者さんなんでしょ?」


 お金持ちで、お洒落で、勉強できて、スポーツもできて、可愛くて……。


 れいかちゃんは、本当に凄いなぁ。


 なのに、私は……。 


「あ、人喰さん。こっち見ないでよ!」

「暗ーい!」

「みんな!そんなこと言うの辞めなさい!」

「はーい。先生。」

「今日は、皆に宿題でーす!皆はご家族とご飯を食べますよね?その絵を描いてきてくださーい。」


 家族……。

 

 私は、人喰ひと仔。七歳。 

 ひとりっ子で、お父さんとお母さんはいるけれども……。


ーーーーーー


「みんなー?宿題の絵は持ってきたかなー?」

「はーい!」 

「じゃあ、ひとりひとり前に出て見せてもらいましょう!じゃあ田中くん!」

「はい!昨日は、ハンバーグを食べました!」

「力いっぱい描いたね!じゃあ次は中山さん!」

「はい!私は、おばあちゃんも一緒に住んでるので、おばあちゃんの肉じゃがでした!」

「美味しそうだね!じゃあ……次は、人喰さん。」

「先生……。ごめんなさい。宿題、忘れちゃいました。」

「え?ただ、絵を描くだけの宿題なのに?」

「ごめんなさい。」

「先生ー!人喰さんってお父さんとお母さんいないんだよー!」

「いるもん!」

「だって、入学式はおじいちゃんとおばあちゃんと来てたって。僕のお母さんが言ってた!」

「確かに。人喰さんのお父さんとお母さん、授業参観にも来ないもんねー!」

「運動会もひとりだったもんね!」

「こら!皆!辞めなさい!人喰さんは……確かにおじいちゃんとおばあちゃんがいます。でもちゃんとお父さんとお母さんもいるわ。」


 私の……お父さんとお母さんは……。


ーーーーーー


 帰ろうとしてたら、れいかちゃんが下駄箱で声をかけてきた。


「人喰さん!」

「れいかちゃん。」

「その……一緒に帰らない?」

「やめておいたほうがいいよ。私といると、れいかちゃんまで……。」


 遠くからクラスの女の子たちの声がする。

 

「れいかちゃーん!人喰さんと一緒にいないで、皆で帰ろうよ!」


「ほら……。」


「ごめーん!今日は、人喰さんと帰る!」

「えー!れいかちゃん優しい!」

「人喰さん、いつもひとりだから。」

「じゃあ、明日は皆で帰ろうね!」

「うん!明日は皆で!」


「れいかちゃん、ありがとう。」


 一緒に帰っていたら、れいかちゃんが話しだした。


「先生も皆も、人喰さんに対して酷いと思う。」

「……。私、暗いし友達いないから。」

「……本当にね。友達作ろうとか思わないの?」

「そりゃあ、思うけど。」

「ふーん。ねぇ、本当に宿題忘れちゃったの?」

「……。」

「わざとじゃなくて?」

「え?」

「だって、絵を描くだけの宿題だよ?」

「……。」

「昨日、何食べたの?」

「……。」

「食べてないの?」

「……。」

「ご飯作ってもらえなかったの?」

「……うん。」

「おじいちゃんとおばあちゃんは?」

「いない。」

「え?」

「おじいちゃんとおばあちゃんは……いない。でも、お父さんとお母さんは……いる。」

「お父さんとお母さんはご飯作ってくれないの?」

「うん……。お父さんとお母さんも、ご飯食べてない。」

「え?人喰さんのおうちってご飯食べられないくらい貧乏なの?」

「そうじゃないけど……。」

「でもいつも給食じゃなくて、お弁当だもんね。アレルギーとか?」

「アレルギーではないけど、普通のご飯……食べられないの。」

「だから、いつも隠してお弁当食べてるの?」

「うん。」

「じゃあ!私が今から人喰さんのおうちに行って、夕飯作ってあげる!」

「え?」

「お父さんとお母さんは、おうちにいる?」

「うん。」

「じゃあ、ご飯作って皆でご飯食べよう!」

「でも……。」

「いーから!」


ーーーーーー


 本当はね、私がもっとクラスの皆や、先生や、お父さんとお母さんからチヤホヤされたいの。


 友達がいない人喰さんに優しくして、明日宿題の絵の中に私もいたら、もっともっと皆は私の事、好きになるでしょ?


 正直、人喰さんみたいな友達は嫌。


 でも、今日だけ我慢して「お友達」になってあげる。


ーーーーーー


「ここが……人喰さんのおうち?」

「うん。」

「え?アパートなんだ。こんな小さくて汚いおうち始めてで、逆にワクワクしちゃう!」

「お家の中は……綺麗。何もないから。」

「やっぱり人喰いさん、貧乏なんだ!アハハ!明日クラスの皆にお話しなくちゃ!」

「……え?」

「でもちゃんとご飯皆で食べて、宿題の絵、描こう!そしたらクラスの皆も、先生も優しくしてくれるよ!」


 もちろん、私に、ね。


 人喰さんのおうちの扉を開けると、カーテンがほんのり開いていた。

 本当に何もない。

 え?冷蔵庫も、テレビもない。


 でも、台所に包丁はある。


 洗濯機もあって。


 テーブルと、お皿もある!


「人喰さん。冷蔵庫は?」

「ないよ?」

「どうやってお父さんとお母さんはご飯作ってるの?」

「私が……作ってる。洗濯とか、お掃除も……私。」

「え?すごっ……。」


 “凄い”って、言いかけたけど絶対に言いたくなかった!


 私より、おうちのことやっていて、出来てるなんて……人喰さんのくせに。


「……へ、へぇ。そうなんだ!でも今日は、私が作ってあげるから!お父さんとお母さんは?」

「いるよ。」

「……え?」

「そこにいるよ。」


 人喰さんが指差した方を見たら……。


「人喰さん。お父さんとお母さん……。え?何これ?」

 

「お父さん、お母さん。クラスメイトのれいかちゃん。今日、皆でご飯食べようって。れいかちゃんがご飯作ってくれるって。」

「人喰さん……。待って!いや……。」

「れいかちゃん?あ、お父さん!お母さん!待って!れいかちゃんがご飯作ってくれるって……。」

「……た、助けて!!!!!い!いやぁ!!!!!!」

「……れいかちゃん。……あーぁ。お父さん。お母さん。そんなにお腹空いてたの?せめて私がご飯作るまで待ってくれたら良かったのに。」


ーーーーーー


「先生!」

「人喰さん?どうしたの?今日は明るくて笑顔だね!」

「昨日ね、れいかちゃんがご飯作りに来てくれて、本当に美味しかったの!それで、ちゃんと宿題持って来たよ!」

「よかった!どれどれ?」


 その絵には、テーブルの真ん中に笑顔の人喰さんと、笑顔でバラバラになったれいかちゃんの身体がお皿に盛り付けてあり、左右に大きな手のようなものが描かれてた。


「……人喰さん?なあに?これ?」

「先生!れいかちゃんって、本当にいい子だね!」













 

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