第8話
どうしてずーっと貴女を見てきたのに
この想いは伝えられないの?
ーーーーーー
「あ。お父さん、お母さん。待ってください。今ちゃんとお皿に乗っけますから……。」
ひと仔さんが台所でお皿にお肉を乗せていると、ひと仔さんのお父さんとお母さんは、待ちきれない!と、いう感じで、ひと仔さんの足にくっついて来た。
ひと仔さんのお父さんとお母さんは、人の形をしていません。
もともと別々の身体ではありましたが、それもどうやら人の形をしていなかったそうです。
その姿を知る者はもはやこの世で、ひと仔さんだけ。
ひと仔さんは、お父さんとお母さんが大好きでした。
物心ついた頃から、お父さんとお母さんの為に、人の肉をさばき、掃除や片付けも全部ひと仔さんが頑張ってきました。
しかし、ひと仔さんは、お父さんとお母さんの身体があまりにも大きく、沢山喰べるので、ある日「そうだ!ふたりの身体をひとつにして小さくすれば、これからも家族三人で沢山喰べられるし、ずーっとどこへ行くにも一緒にいられる!」と、考えました。
そしてひと仔さんが十歳の時、初めて手術をしたのが、お父さんとお母さんお母さんでした。
眠る二人に麻酔をして、最小限の機能をはたせる臓器を取り出し、それらを道で拾った野良犬の死骸の身体の中に詰め込んでゆきました。
手術の最中にひと仔さんは、
「あ、でもお父さんもお母さんも目が覚めた時に身体がくっついてるってだけでも驚いちゃうだろうからせめて、自分達の身体だよってわかる様にしてあげないと。」と、思いました。
そこで、ひと仔さんはお父さんとお母さんの皮膚を切り出し、ふ、と「こないだ街でみた“パッチワーク”がとても可愛かったなぁ。」と、思い出しました。
「ふふふ。きっと目が覚めて可愛くなってたら、驚くどころか、お父さんもお母さんも喜んでくれるだろうな!」
ひと仔さんは、手術だけでなく縫い物も初めてでした。
布や紙と違い、皮膚はとても切り辛く、十歳のひと仔さんには、やはり難しかったみたいてす。
その為、ひと仔さんのお父さんとお母さんの見た目は、ツギハギだらけの変色をした裸ネズミの様な皮膚になってしまったのです。
身体の左側は主にお父さん、右側がお母さんの身体で出来ているそうです。
ひと仔さんは、大好きなお父さんとお母さんと常に一緒にいられるだけでなく、お肉も三人で仲良く食べられる時間が本当にしあわせでした。
え?どこからお肉を仕入れているかって?
それは……ひと仔さんしか知りません。
ただ、そのへんのホームレスや遺体などですと、衛生的によろしくないですし、もう人も食べる為にひと仔さんが人を殺める事はなくなったそうです。
「美味しいね。お父さんお母さん。本当に……お金があるって大切。新鮮で安全で美味しいお肉をこうやって三人で喰べられるんだもん。」
そんな時でした。
玄関からコンコンッと、音がしたのです。
「誰だろう?」
ひと仔さんが、玄関の覗き穴を覗きますが、誰もいません。
コンコンッ。
ひと仔さんは、ドアのチェーンを付けたまま扉を開けました。
すると、その隙間からグレーと紫を混ぜた様な毛の色の猫が家の中に入ってきました。
「猫さん。こんにちは。どうしたんですか?」
ひと仔さんは、落ち着いていました。
きっと、相手が猫だからでしょう。
ひと仔さんは、人だけでなく動物の心の声も聴こえます。
どうやら“言葉”てはなく“心の声”なので、“感情”が伝わってくるそうです。
『貴方が、ひと仔さん?』
猫が、ひと仔さんに語りかけました。
「そうですよ?猫さん、どうされました?」
『貴方は何でも出来るお医者様だと噂を聞いたわ。』
「よくご存知で。」
『お願い。ひと仔さん。私を人間にしてほしいの。』
「人間に?」
『えぇ。』
ひと仔さんは、困りました。
「猫さん。私は医師なので、魔法使いではないのです。」
『そうよね。やっぱり無理よね。じゃあせめて人の言葉を話せる手術は出来ないかしら?』
「声帯の手術ですか?困りましたね。私は、人しか手術をした事がないので動物は専門外なのでかなりリスキーかと。あと、猫さんから手術代は取れませんし。」
猫は、シュンっと耳を下げ、尻尾を身体に巻きました。
ひと仔さんは、そんな猫の姿を見て、
「お水しか家にはありませんが、お話だけでも伺いましょう。どうぞ。」と、猫をリビングへ通してあげました。
ーーーーーー
ひと仔さんのリビングには小さなテーブルしかありません。
そこにいつも、ひと仔さんは自分の食べるお肉のお皿とパソコンとiPhoneを置いて生活をしてします。
パソコンとiPhoneを退かし、テーブルの上にお水の入ったボウルを猫のために持ってきました。
猫はとても喉が渇いていたみたいで、ゴクゴクと美味しそうに飲みました。
「人の肉は……喰べられないですよね?」
『食べたくもないわ。』
「ははは。そうですよね。でも、猫の貴方がよく私の事をわかりましたね。」
『飼い主が、パソコン?という箱を見ながら、貴方の噂話を話していたの。
#人喰いのひと仔さん。
どんな病気も治せて、どんな手術も出来る医者。正体は不明の都市伝説。それで、“人喰い”って聞いたから、本当に人を喰べているなら、人の肉の匂いがするはずだから、犬とか他の動物にそんな匂いがする所や人は知らないかって聞いてみたら、この地域のこの家を教えてもらったの。』
「動物達にも、その様なコミュニティーがあるのどすね。」
『ここまで年老いた老婆猫ですもの。もう追い払われたり、襲われたりも皆しないわ。
むしろ、哀れだ目で見てくる。“猫は死ぬ前に飼い主の前から姿を消すと言われてるのに、その飼い主の為に老体引きずってるんだ”って。』
ひと仔さんは、言われて……いえ、聴こえてみれば、声はか細くしゃがれていて毛並みも艶のない老体のメス猫だという事に気が付きました。
「なぜ、人になりたかったり、人の言葉を話せる様になりたかったのですか?」
『簡単よ。飼い主が産まれた時から彼に恋をしていた。そして、自分の死期が近づいた。死ぬ前に想いを伝えたかった。あわよくば愛されたかった。そう、女としてね。』
「女……として?」
『えぇ。人、動物、オス、メス。そんなの飛び越えて、彼の事がずっと好きだった。でも彼よりも私は歳を重ねていく。気がつけば、彼は人間の青年となり、人間の女性と恋をしていた。
私達、猫の交尾は、発情していて待ち望んでいた交尾はまるで拷問の様なのにあっという間。
でも、人間の交尾は長くてしあわせそうだった。とても羨ましかった。
メスとして、愛されてみたかった。
せめて気持ちを伝えたかった。
……でも、もし人間になれてもしわくちゃのおばあちゃんだけれども。』
「……でも、人を想う気持ちに年齢は関係ないと思いたいです。」
『ありがとう。人と同じ事を話す練習もして彼に“愛してる”って伝えたけれども、やっぱり伝わらなかったのよ。』
「……どのように伝えたのですか?」
『にゃごにゃごにゃ。』
「なんとなく……言われてみれば“愛してる”と、聞こえなくもないですが、厳しいですね。」
『えぇ。彼と彼女は、“何か日本語に聞こえるね。可愛い。”で、終わってしまったわ。告白すらふたりの馴れ初めのキッカケにされて……失恋よ。』
「辛かったですね。」
『仕方の無いことよ。生物学上違うわけですから
。』
「でも猫の貴方と、人間の彼との性行為の方が大変そう……。」
『そうなのよね。でも三大欲求ですし本能ですから止められなくて。でもなら、愛する彼と……。』
「なるほど。でも、もし声帯を手術したら今度は動物達から迫害等を受ける事になりませんか?人の言葉を喋る猫になるわけですから。」
『それを飛び越えてでも、彼が好きだったの。
もう叶わない。
伝えられない。
実らない。
なら、貴方ならどれをとる?』
「すみません。恋をしたことがないのでわからないです。」
『ふふふ。きっとこれからわかるわよ。
やっぱり無理よね。わかってたわ。』
猫は、ひと仔さんに背中を向けました。
「どこへ行かれるのですか?」
『帰るのよ。彼の元に。
せめて、彼の膝の上で撫でられながら息を引き取りたいの。』
「猫さん……。」
『それが、猫として、メスとしてしあわせな最期なのかもしれないわ。』
ひと仔さんは、悟っていました。
かなりの老体。
きっと彼の元に辿り着く前に、猫は道の途中で力尽きるでしょう。
きっとその時、猫は彼の膝の上で優しく撫でられる夢を見ながら眠ることでしょう。
ひと仔さんは、玄関の扉を開けました。
「今日は暖かくて良かったですね。
猫さん、お気をつけて。」
『えぇ。ひと仔さん、最期に私の話を聞いてくれて本当にありがとう。』
猫は、少しだけ毛並みが良くなり、尻尾を立てて部屋を出ていきました。
#人喰いのひと仔さん。#
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