第6話

 全てが高級で

 全てが最高で

 皆に羨ましがれていたいの


ーーーーーー


 聞こえている

 誰にも言えない

 俺の為、親友のために俺は……


ーーーーーー



#人喰いのひと仔さん


ーーーーーー


 港区のお洒落なオープンハンバーガー屋さん。


 ひと仔さんのお父さんとお母さんは、外に繋がれていました。


 喫煙席には、全身ヴィヴィアン・ウエストウッドを身にまとい、紫の細身の眼鏡を掛けた黒髪のソバージュヘアの女性。


 向かいにはひと仔さん。


 ひと仔さんは、クリームの乗ったココアのカップを両手で持ち、しあわせそうに飲んでいます。


 しかし。対面の女性は、不機嫌そうに煙草を加えて珈琲を飲んでいました。


 女性が口を開きます。


「貴方が本当にひと仔さん?」

「はい。」

「子供じゃない……。そのシルバー頭もコスプレ?」

「シルバー?あぁ。グレーヘアー。自毛の白髪です。」

「病気?」

「いえ。」

「ふーん。」

「この度は、手術の依頼ありがとうございます。どの様な手術をご希望ですか?」

「私と祖父の手術をお願いしたいの。」

「お二人ですか?どの様な?」

「そこに介護施設あるでしょ?そこに祖父がいるの。認知症だけど延命治療をお願い。」

「何かご病気でも?」

「単なる認知症よ。でも死なれたら困る。」

「と、申しますのは?」

「私、仕事がインフルエンサーなの。」

「はあ。」

「皆が私に憧れてる。」

「憧れ?」

「全身ブランド。都内のタワマンに住んでて。家具は全部Francfranc。」

「Francfranc?」

「高い家具の事。この全身ヴィヴィアン・ウエストウッドを身にまとってる。ヴィヴィアン・ウエストウッドは、私の為に生まれて、そして作られたブランドなのよ。」


 ひと仔さんが、iPhoneをいじりだしました。


「“ヴィヴィアン・ウエストウッド”……。貴方よりかなり歳上のデザイナーさん?」

「……つまり高級出お洒落が私にはふさわしいッテ事!子供の貴方にはわからないでしょうけれど!」

「はぁ。」


 そこへ「おまたせしましたー。」と、店員がたくさんのサラダやハンバーガーやパフェを運んで来ました。


 女性は、それらをiPhoneで撮影し……。


「食べる?」

「いえ。」

「撮影用だからもう、いらないのよ。」

「残すんですか?」

「お洒落で高級で美味しそうなものたべてる私。でも、このスタイルをキープ出来てる。」

「食べてないから細いのではなくて?」

「当たり前でしょ?食べたら太っちゃうじゃない。」

「なんの為に?」

「仕事の為よ。」

「インフルエンサーってどんなお仕事なんですか?」

「流行を発信したりするの。」

「へぇ。」

「聞いておいて興味なさそうじゃない。」

「芸能人みたいなものなのかな、と。」

「ある意味ね。だから祖父に死なれたら困るの。」

「お祖父様に?」

「そう。私はインフルエンサーだけど収入はない。祖父の恩給で生活してるの。」

「恩給……。」


 ひと仔さんは、またiPhoneをいじります。


「お祖父様は、元軍人さん?」

「そう。」

「お金持ちの家って事にしてるの。」

「はあ。お祖父様が亡くなったらお仕事はどうされるのですか?」

「だからよ!死なない様に延命治療を依頼したいの。」

「人間だけでなくて、生物はいずれ病気でなくても老衰します。」

「だからよ!」 

「……。私は、物心ついた時には母と祖父と三人暮らし。でも、母は他に男が出来て、私が六歳の時にその男の子供身籠って出ていったのよ。」


 ひと仔さんは、自分の幼少期を少し思い出していました。


「祖父も厳しくて。貧乏だからお肉なんて贅沢だったけれども、祖父はとにかく肉が嫌いでね。食べさせてもらえなかったし、食べると怒られたわ。」

「お肉……好きなんですか?」

「えぇ。」


 女性は、「撮影用」だと言っていたハンバーガーのお肉だけ器用にナイフとフォークで食べました。

  

「生きる事は、食べる事。食べる事は、生きる事ってよく言うじゃない。」

「はぁ。そうですね。パンとかは?」

「炭水化物なんて、デブのもとよ!」

「……食べられる選択肢があるだけ幸せだと思います。」

「食べない選択肢も、綺麗でいられるなら幸せよ。」


 ひと仔さんは、ひと仔さんのお父さんとお母さんと一緒で、普通のご飯は食べられません。

 ひと仔さんも、人間しか食べられないのです。

 昔、試しに普通のご飯を食べてみたら口の中が痛くなり、無理矢理飲み込んだら頭痛がして、全て吐き出してしまいました。


「……贅沢。」

「え?」

「いえ。それでお祖父様は延命治療だとして、貴方は?」

「私は、それこそ食べても太らない身体。老いない美貌を!」

「不老不死にでもなりたいのですか?」

「皆の憧れでいたいのよ!」


 ひと仔さんに、女性の心の声が聴こえてきました。


ーーーーーー


 女性は幼い頃、学校で家庭環境と貧しさと醜さからいじめられていました。


 ずっとその事が、女性の中でコンプレックスでした。


 中学卒業と共に、働きだし、女性が十八歳の時に祖父が倒れました。


 そこで恩給を受けられる事を知り、祖父もそのまま急な入院生活で一気に認知症となり、介護施設に入居する事となりました。

 女性は、コツコツと貯めていた貯金で一度目の整形。  

 恩給と貯金での生活。

 初めて彼女は、コンプレックスであった自分の顔を好きになれたのです。

 そして厳しかった祖父からも解放され、彼女は自由になりました。

 お肉を好きなだけ食べ、テレビ等で見ていた憧れのインフルエンサーの様な生活を真似する様になったのです。


 そう。

 彼女の今の姿は、彼女の沢山の憧れのインフルエンサー達の寄せ集め。

 

 彼女は、今まで苦労した分、反動でこの様になってしまったのです。


ーーーーーー


「可哀想というより、愚かです。」

「え?」

「いえ。永遠の美貌は出来ません。私は医者です。手術が専門。永久の美貌を手に入れるには、それこそ魔女等に秘薬を作ってもらう事になります。」

「話が違うじゃない!」

「私がいつ話しましたか?貴方は、“なんでも手術してくれる人喰いのひと仔さん”の噂話を鵜呑みにして依頼してきただけでしょう。

 人は情報に流されすぎる。大人になればなるほど、自分の目で現実を見ようとも知ろうともしない。自分の物差しや、理想論や世論ばかり。」

「……。」

「まず、整形は一回ではないですね。」

「え?」

「繰り返しの整形からの皮膚の痛みと頭痛で、左目に微かな痙攣の癖があります。あと、運動ではなく、脂肪吸引と摂食障害での嘔吐での体型キープ。」

「なぜわかるの?」

「まず、脂肪吸引。まあ、帝王切開や事故等で皮膚を傷付けて縫うとそこの細胞は本来の形を崩します。それにより、そこだけ浮腫みやすくなります。

 摂食障害や嘔吐癖のある人は、身体の割に異様に足が細いんです。栄養を吸収する前に出してしまうので、身体の中でも一番大きな大腿四頭筋から痩せ細っていく。そしてややお腹が出ているのもその証拠。手は綺麗なので、吐くのもスプーン等を使って吐いてますね?」

「まるで探偵ね。」

「医者です。お祖父様にお会いしてもいいですか?」

「なぜ?」

「依頼されたからには、できる事はやります。お仕事ですから。」


ーーーーーー


 ひと仔さんは、女性のお祖父さんの部屋へ行きました。


 するとそこには沢山のベッドの中でも、一番痩せ細り、ゆっくりと眠っているお祖父さんがいました。


 介護士さんと、女性が何やら話していると、お祖父さんは、タンが喉に絡み、咳込み出しました。


 急いでチューブを口に入れられ、背中を擦られながら、タンを吸引されてゆきます。


「お祖父ちゃん!」

「落ち着いてください。タンが絡んでしまうのは仕方のない事なんです。」

「これで死んだらどうするのよ!」


 ひと仔さんには、沢山の声が聴こえていました。


“これで死なれたら恩給が……!”と、いう女性の声り

 

“施設の点数に関わるから死なないでよ。大丈夫だろうけど”という、介護士さんの声。 

 

 そして……。


 ひと仔さんは、自分の耳を疑いました。


ーーーーーー


 お祖父さんは、やはりいつも通りのタンが絡んでしまっただけの様でした。


 しかし、本当に辛く苦しいのです。


 お祖父さんは、すやすやとまた眠りだしました。


「やはり、お祖父さんは……認知症以外の病気は見受けられません。恐らくこのまま眠る様に老衰してゆくと思います。これは、もう延命手術等ではなく、避けられないものです。」

「そんなっ!」

「でも……貴方の永遠の美貌は叶えられなくても、本来の痛みや違和感のない身体に戻す手術は行なえます。」

「……?!」

「顔にも沢山糸を入れて引き上げて、糸は溶けているけれども。身体中の痛みが辛いのではないのでしょうか?痛み止め、サプリメント、抗生物質、漢方、あとは精神安定剤、睡眠薬……。体臭から服用されている物の匂いがします。」

「鼻も利くんだ?犬?人間じゃないみたいね。」

「人間……じゃない。」


 ひと仔さんは、言葉に詰まりました。


 お祖父さんは、実は認知症ではありますが、記憶と意識は誰よりもしっかりしていたのです。


 そして、お祖父さんは眠りながらもひと仔さんに戦争での事を話してくれたのです。


ーーーーーー


 お祖父さんは、何処かの島へ行きました。

 とても暑くて、食べ物は無くて、ゴキブリ一匹をようやく捕まえてそれをすり潰し、お湯に草などを入れて作ったスープを軍の皆で食べる……いえ、飲んでいたそうです。


 どんどん山奥へ進み、戦いは激しさを増してゆきました。


 そして、気が付けば同い年位の兵士と二人きりになっていたそうです。

 

 残された二人は兎に角、指示されてた方角へ戦いながら進みました。


 他の軍は、無事なのだろうか?


 この先に何があるのだろう?


 進んだ先に、敵しか居なかったら?


 殺されるのか?捕虜にされるのか?


 その時は、いっそ自害してくれる!


 空腹と、暑さと、疲労と、身体中は傷だらけで、お互い言葉も交わせなくなっていました。


 ある日、等々一緒に歩いていたはずの仲間も栄養不足と疲労で歩けなくなってしまいました。


 お祖父さんは、久々に「死ぬな!」と、声を荒げて出しました。


 すると、その男性は微かな声で「母ちゃんに最後に会いたかったな……。」と、呟いたのです。


 お祖父さんは、彼を見捨てられませんでした。


 一人になるのが、怖かったのです。


 そして……。


 “生きる為だったんだよ。

 アイツがもう死ぬって解ってた。

 それだけじゃない。

 コイツのお袋さんや、他の奴らの最後を俺は伝えてやるべきなんだ。

 だから……ごめんな。

 肉も……骨の髄も……硬くて臭くて食べられたもんじゃない。

 だから肉は嫌いなんだ……。”


 ひと仔さんは、目を瞑りお祖父さんの手を握りました。


「お祖父さんは、皆の為に帰ってきた。生き残った。私も生きる為に喰べてます。

 でも、本当に吐き出したかった事はずっと飲み込み続けていたんですね。

 もう、ひとりじゃないですよ。

 生き残った事を後悔しないで下さい。」


 お祖父さんは、静かに涙を流しまた深い眠りに付きました。


 少しだけ微笑でいるようにも見えました。


ーーーーーー


 そして後日、ひと仔さんによる、女性の全身の本来の身体に戻す整形手術が行われました。

 

 場所は、都内のビジネスホテル。

 ベッドに馴れた手付きでビニールを敷き、それを手術台として行われました。

  

 無事、手術は成功。


 女性が、目を覚ますとひと仔さんが鏡を渡しました。


 女性は、驚く位身体の痛みがなくなっていました。


 ひと仔さんから手鏡を無言で渡され、自分の顔を覗き込むとそこには、一番最初に整形を決意した時の昔の顔だったのです。


「何よこれ?!」

「まだ、手術による筋肉疲労があるので安静にして下さい。」

「せっかく沢山のお金と時間を費やして綺麗になったのに。」

「でも、それで身体痛かったんですよね?」

「私のお金と時間よ!」

「貴方じゃない!お祖父さんのお金です!」

「……。」

「環境や人生は選べないし抗えません。でも、本当に痛かったのは身体だけですか?」

「どういうこと?」

「心も痛かったんじゃないですか?

 幼い頃からのコンプレックス。

 本当の自分ではない。

 美しくなればなるほど、注目されればされる程、不安と孤独が増してゆきませんでしたか?

 厳しいお祖父さん、居なくなったお母さんを心の中で攻め続け、恨み続け……、痛みから鬱になる人って多いんです。

 ……安心して下さい。手術代は入りません。

 簡単な手術でしたので。ただ、“元に戻しただけ”ですから。一応そのまま戻しすぎるとシワなどが出るのでそこは少し気をつけさせて頂きましたが……。」

「ふざけないでよ!訴えて莫大に金ぶんどってやりたいくらいだわ!」

「こんな子供を訴えるのですか?」

「?!」


 ひと仔さんは。ホテルの部屋から出ていきました。


 女性は、部屋の真ん中で力無く座り込ました。  


#人喰いのひと仔さん#

 

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