第50話 海と太陽と冒険と
深いため息を、ドゼ将軍がついた。
「まあ、いいさ。俺には、女神さまがついてるんだし」
「女神?」
……「マルグリット」だろうか。ドゼ将軍の思いが、ついに彼女に通じたとか?
ドゼ将軍は、先を歩いていた。長い黒髪を束ねる髪留めに、目が行った。
ライン河畔では、彼は、鋏で切ろうとしても切れない丈夫な髪の毛を(全くうらやましいことだ)、無造作に藁で束ねていた。今、それは、美しく繊細な、水色のリボンに代わっていた。
そういえば、
それって、つまり、本命の彼女と、一緒にいた、ってことだよな。さもなければ、パリ中の美女が集まる、サロンを無視できるわけがない。
つか、パリの
「ドゼ将軍! 俺はあなたを尊敬します!」
「なんだ、唐突に」
「軽はずみで浮気者で、だらしなくて不誠実な人だとばかり思っていましたが、何度ふられてもめげず、初志を貫くあなたのその、お人柄に、俺は、惚れ直しました!」
「君が、何を言っているのか不明だが、海の神様は、女神だ。彼女の機嫌を損ねるなよ」
はっきりと、話をそらされたのがわかった。
「とりあえずは、ボナパルト将軍だ。君を、彼に紹介する。信頼できる、同僚として」
「同僚?」
「だってそうだろ。君は俺の、戦友だ」
戦友。
「ドゼ将、ぐぅん……」
「縋りつくなったら! ここは、ヴォージュの山奥じゃないぞ。町中も町中、パリだぞ!」
すでに、レイニエ将軍を、ボナパルトに推薦したという。モローの手紙のせいで、ドゼ将軍と一緒に、免職になった、モローの元参謀長だ。
「遠征には、あのクレベールも参加するそうだ。彼が、早々に、シャイヨー(パリ)に引き籠っていたのは、そういうわけなんだな」
マルソーの死後、パリで蟄居していたクレベールも、ボナパルトは引き込んだのか。それとも、クレベールが自ら、自分を売り込んだのか。
弾む声が、途切れもなく、話し続けている。
「軍人だけじゃない。学者や民間人もたくさん同行する。彼らはきっと、素晴らしい発見や発明を、たくさんするだろう。初期の装備は、心許ない限りだが、軍は、自給自足できるようになるかもしれない」
ドゼ将軍本人は、栄光を求めて、と言っている。
彼が、ボナパルトの下に甘んじたのは、エミグレの親族を守る為。そして、総裁政府への懸念からだと、俺は思った。「剣の力」として便利に使われ、使い捨てられないために。オージュローも、そう言っていた。
けれど、本当は……。
「なんといっても、海だ! 我々の冒険は、海から始まる。今度の戦いの舞台は、じめじめしたライン河畔じゃない。違う大陸、エジプトだ。いったいどんな空気、香り、そして、風が吹くんだろう」
彼がボナパルトに求めたのは、栄光なんかじゃない。ボナパルトの陰に逃げ込んだわけでもない。
彼は、冒険を求めているのだ。
海と太陽。そして、見知らぬ大陸、エジプトでの、冒険を。
生き生きと輝く、その表情を見ているうちに、唐突に俺は、そのことを理解した。
「一緒に行きます」
「なんだよ、唐突に」
「だから、あなたと一緒に、エジプトに……」
「しっ! その言葉は禁句だ」
ドゼ将軍は、辺りを見回した。
「ダヴー。君だから話したと言ったろ? どこにイギリスのスパイがいるか、わからないからな」
言っている言葉の重大さとは裏腹に、その表情は、いたずらっ子のように輝いていた。純粋で、そして、楽し気だった。
イギリス軍の、仮の司令部に到着した。
ドゼ将軍を見て、閲兵が、さっと敬礼した。
「さてと。ボナパルト将軍に会うぞ」
「はい」
「行儀よくしてろよ、ダヴー」
「任せて下さい!」
「変なことを口走るなよ」
「もちろん」
「ケンカ、売るんじゃないぞ」
「しません、って!」
「じゃ、行こうか」
先に立って、ドゼ将軍は、歩き始めた。
緊張しながら、俺は、その後に続いた。
───・───・───・───・───・
最後までおつきあい下さって、ありがとうございました。
ドゼの話には、続きがあります。このお話は、ほんのさわり、というより、スピンオフに過ぎません。
エジプトももちろんですが、ライン軍での初期の活躍や、王党派の親族との葛藤、それから、恋。このお話で触れた、「真逆の二面性」、即ち、「高潔と下劣」も極めたいところです。
また、マレンゴも、こちらは、陰謀論を昇華させ、別建てのミステリにしたいと考えています。
少し、お時間を頂きたいと存じます。必ず書きますので、どうか気長にお付き合い頂けると嬉しいです。
ドゼに関しては、今の時点で、以下の関連作品があります。
※
史実だけをまとめてみました。画像をふんだんに取り入れた、チャットノベル形式です。
「ダヴー、血まみれの獣、あるいはくそったれの愚か者」
https://novel.daysneo.com/works/24ea4f2c084bcbecba7f3e2831304bba.html
※
副官のラップ視点で描いた短編小説です。エジプトに於けるセディマンの戦いから遡り、出航準備、1795年上アルザスでの戦いまでを、描いています。上アルザスでの戦いは、本作冒頭のマンハイム包囲戦の前哨戦で、本作でも前の副官レイの視点を借りて触れています(35話「レイの回想」)。
「勝利か死か Vaincre ou mourir」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/268109487/803492079
同タイトルの2000字小説もあります。
https://novel.daysneo.com/works/ce849fe5a968ea364fb1485a2fc68ba8.html
負けないダヴーの作り方 せりもも @serimomo
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます