第4話 母と運命の相手

扉を閉めたところで今度は母ヴァラと鉢合わせる。

広い屋敷であるはずなのに時機良く会うものだ。


「レイ、二人でお茶にしましょう」

「勿論です」


母と一緒に向かったのは中庭にあるガゼボ。薔薇に囲まれたそこは父が母を喜ばせる為に作ったものだと教えて貰った。


「旦那様から聞いたわ」

「そうですか」


お茶を淹れてくれる母の手伝いをしようとしたら「座っていなさい」と言われてしまう。

私よりも母が淹れた方が断然美味しいので大人しく待っている事にした。


「急に決まったのに落ち着いているのね」

「もういい大人ですから」


ベシュトレーベン王国の成人年齢は十五歳、そして私は二十二歳。もうすっかり大人なのだ。

私の答えに母は「私から見たら子供よ」と笑った。


「貴女の結婚相手が決まって良かったわ」


紅茶を飲み、安堵の表情を浮かべる母にちくりと胸が痛む。

母が父と結婚したのは十八歳の時、私とウィルベアトを出産したのは二十歳の時だ。

子供二人がその年齢を超えてもどちらも結婚しないというのは相当やきもきさせたのだろう。


「って貴女はあまり乗り気じゃないのよね」

「いきなりの事でしたから気持ちの整理がつきません。嫌がったりはしませんのでご安心ください」


いきなり結婚話を突きつけられた私の気持ちは母には分からないだろう。

貴族社会において政略的な結婚はごく当たり前のもの。夫婦間に愛情があったとしてもそれは結婚後に愛を育んだ結果だ。

ただ私の両親の場合は違う。

次期公爵であった父が貧乏伯爵令嬢であった母と恋に落ちて結婚に至ったのだ。

当時は周囲から猛反対されていたみたいだし、母が散々な陰口を叩かれた事もよく分かっている。

生まれた時から公爵令嬢であった私にも母の苦労は分からないのだ。


「ねぇ、レイ。今更だけど何故結婚を嫌がっていたの?」


適当にはぐらかし続けていた質問をぶつけられる。

家族として過ごすのも後もうちょっとだから答えて貰えると思っているのだろう。


「面倒だからですよ」

「またそうやって誤魔化す」

「本当です」


幼い頃から父と母の恋愛物語を聞かされて育った。

私もウィルベアトも恋というものに憧れを持っていたのだ。

いつか運命の人が現れる。

二人揃って馬鹿みたいな事を信じているのだ。

一度だけ運命を感じた相手に会った事があるのだけどね。

顔も薄っすらとしか覚えていない相手だ。探しようもない人を想う気持ちは次第に薄れていった。


「レイ、お相手の事をよく知るようにしなさい」

「分かっていますよ」


私の結婚相手は運命の人じゃない。

好きになれるのだろうかと不安に思いながら笑顔を取り繕った。

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