第8話 二人きりの部屋

皇城内に入ると一つの広い部屋に招かれた。

お茶の用意だけして出て行く侍女達。私が連れて来た二人はガリオンに連れられてどこかに行ってしまっている。ウィノラは嫌がっていたけどガリオンに上手く言い包められてしまったらしい。出て行く時に物凄い形相になっていたけど大丈夫だろうか。

人の心配を出来る状況じゃないのだけどね。

私の侍従も居なければ、ガリオンも侍女達も居ない。

だだっ広い部屋にエディングと二人きりなのだ。


「あの、良いのでしょうか?」


隣で威圧感を放っている人物に声をかけると「何の話だ?」と首を傾げられる。


「二人きりになっても良いのでしょうか…?」


皇族であろうが貴族であろうが婚前の男女が密室で二人きりになるのは如何なものなのだろうか。

当然の問い掛けであるはずなのに何故かきょとんとした顔をするエディング。瞬きをしている間に満面の笑みになっていた。冷酷とは程遠い笑顔だ。


「私達は明日夫婦となる。二人きりになったとしても問題ないだろう?」


私の腰に腕を回し、距離を詰めてくるエディング。

そうだった。私、この方と結婚するのよね。

結婚を意識すると好きな相手じゃなくともドキドキはする。赤く染まった顔を俯かせ彼の顔をこっそりと覗き込む。変わらず素敵な笑顔をこちら向けていた。

怖い人かと思っていたけどそうでもないのね。


「レイ」


愛称を呼ばれる。

威厳のあるのに妙に色気が入り混じった声に背筋がぞくりと震えた。なにをされるのか分からず目をぎゅっと瞑る。


「と呼んでも良いか?」


え?と目を開くと期待に満ちた表情を向けられた。

この人、なんなの…。

私が逃げ出さないように優しく見せているのだろうか?

それとも誰かがエディングを嵌めようと出鱈目な噂を流しているとか?

どっちか分からないけどなにを考えているのか分からなくて怖い。

とりあえず不興を買わないようにしないと。作り笑いで「で、殿下のお好きなように…」と答える。

これで会話は終わりだろうと思っていたのにエディングは違ったようだ。


「レイも私をエディと呼んでくれ」


エディって彼の愛称よね?

いくら夫婦になるからといって第二皇子を愛称呼びにして良いのだろうか。分からないが断ったら機嫌を損なうかもしれない。それだけは避けなければ「エディ殿下」と返す。

声が震えていたけど呼んだのだから大丈夫だろうとエディングを見ると不機嫌丸出しな表情になっていた。


「殿下じゃない」


機嫌を損ねたかもと思っていたらそう言われる。

殿下じゃないって貴方は殿下でしょうが!

そのうち臣籍降下で伯爵位以上の爵位を賜るだろうけど今のところは第二皇子殿下だ。

他にどう呼べと言うのよ。あ、様付けにすれば良いのね。


「エディ様…」


これで満足でしょう。

そう思ったのに「違う」と凄まれてしまう。なにが不満だと言うのだろうか。どんどん機嫌が悪くなっていくエディングに冷や汗が流れる。

誰かこの人の言いたい事を訳してよ。


「呼び捨てにしろ」

「へっ?」


呼び捨てにしろって無理でしょ。

いくら王族の血を引いていたとしても私自身はただの公爵令嬢だ。大帝国の皇子では身分の差があり過ぎる。呼べるわけがない。


「夫婦になるのだから対等な立場でいたい」


眉間に皺を寄せながらお願いしてくるエディング。

夫婦となっても私達の結婚は政略的なもの。馴れ馴れしくするのは抵抗してしまう。言い淀むと「レイに呼んで欲しい」と懇願するような声が耳の奥に響いた。

艶やかな声色と吐息の熱さに全身がぞわりと粟立つ。

このままだとおかしくなりそうだ。


「エディと呼びますので離れてください…」

「駄目だ」


どうしてよ!

そう叫びたくなった。

身を捩って逃げる事を試みた。しかし軍人である彼とただの公爵令嬢である私の力の差は歴然としている。逃げられるわけがないのだ。それどころが腰を抱き寄せてくる手に力が篭った。

離してくれる気はないみたいだ。


「夫婦となるのだから敬語もやめろ」


呼び捨ての次は口調を変えろって無茶振りにも程がある。それにまだ夫婦じゃない。

もしかしたら今日なにかあって夫婦にならないかもしれないのに敬語を外すのは無理だ。

呼び捨てだけでも胃への負担が大きいのに。


「む、無理です」

「何故だ?夫婦なのだから敬語は不要だ」


もう許して欲しい。

どうしてこうなったのだろうかと考えているとエディングの寂しそうな表情が視界に映り込む。

どうしてそんな表情になるのか分からないが敬語を外すのは絶対に駄目だ。


「け、敬語は結婚後に外します!」


その場凌ぎに言った言葉。余計な事を言ってしまったと気が付いたのは発言してから五秒後の事だった。

エディングは寄せていた身体を離してくれるがやたらと爽やかな笑顔を見せてくる。


「結婚後か。明日からだな、楽しみにしているぞ」


慌てて訂正しようとするがその前に阻止されてしまう。

それにシュテルクス卜帝国において皇族への虚偽は不敬に値し、罰を下される。今更嘘ですと言うわけにはいかず渇いた笑いが漏れ出た。

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