第3話 双子の兄

「レイ」


大騒ぎのウィノラを置いて部屋を出ると時機が悪く兄ウィルベアトと鉢合わせしてしまった。


「ウィル」


ウィルベアト・リック・ツァールト。

私の双子の兄にして次期公爵。

私とお揃いの白金の髪は乱れており、深い緑色の瞳は悲しそうに歪み、走ってきたのか息も荒い。

ウィルベアトの慌てた様子からして父に私の婚姻について聞いていたばかりなのだろう。


「父上から話は聞いたぞ!大丈夫なのか?」


一気に距離を詰めてきたウィルベアトは私の両肩を掴む。大声に近くにいた侍女達が驚いた。

普段声を荒げない人だから余計に注目を浴びている。

肩に置かれた手を振り払い、目の前にあるウィルベアトの部屋に許可なく入って行く。

普段ならこんな非常識なことはしないが相手は双子の兄なので別に構わないだろう。


「ウィル、入って」

「俺の部屋なんだけど…」

「良いから入る!」


苦い顔をするウィルベアトの手を引っ張って部屋に連れ込む。扉を閉めると息を吐いた。

兄相手じゃなかったら大騒ぎになる行為だろうと思いながらソファに腰掛ける。


「急に結婚って大丈夫なのか?」

「大丈夫じゃないわよ。だからって断れる相手じゃないでしょ」


ウィルベアト相手なら本心を隠す必要はない。

盛大に溜め息を吐きながら答えると顰めっ面で返された。彼だって今回の結婚を断れるわけがないと分かっている。なにも言えないのだろう。


「相手はあの第二皇子だ。向こうに行ったら蔑ろにされるかもしれないぞ」

「暴力を振るって来なければ別に良いわよ」


別に妻として扱われたいとは思わない。

大事にして欲しいと望まない。

最低限の生活を保証してくれたらそれだけで十分だ。

私の答えにウィルベアトは顔を手で覆い、深く息を吐いた。


「レイ、呑気過ぎるよ」

「昔からでしょ」


生まれ前からずっと一緒に居るのだ。誰よりも私の事を分かっているはずのウィルベアトは「ここまで呑気だと思わなかった」と返してくる。

別に呑気じゃないと思うのだけど。


「その辺りは上手くやるわよ。安心して頂戴、お兄様」

「その気色悪い呼び方やめてくれない?」


じっと見つめてくるウィルベアトに肩を竦めた。

小さい頃から彼は兄として扱われる事を嫌がっている。

産まれたのが数分差であっても歴とした兄だというのに。


「何かあったら帰って来ても良いからな」

「ウィルは私の心配より自分の心配をしなさいよ」

「お、俺の話は…」

「そろそろ婚約者を見つけたらどうなの?」


私達は変なところが似てしまった。

ウィルベアトも結婚願望が無いのだ。そして結婚相手はおろか婚約者も居ない。

次期公爵として結婚しないといけない事は本人もよく理解しているみたいだけど。


「じ、自分の結婚が決まったからって…」

「このままだとウィルも私と同じ道を進むわよ」


このまま独り身が続けば陛下が第一王女を結婚相手として勧めてくる可能性が高い。ウィルベアトもそれはよく理解しているようで深く溜め息を吐いた。ぐっと顔を上げた彼の表情は真剣そのもの。


「レイ、帝国で良いご令嬢を見つけたら勧めてくれ」

「自分で探しなさいよ」


無駄に心配されるのも癪なので兄の結婚に話をすり替えたけど、こんなお願いをされるとは思わなかった。

即答すると「このままだと王女と結婚させられる」と嘆くウィルベアトの肩を叩いて微笑みかける。


「私も頑張るからウィルも頑張ってね」


期待を裏切られたという表情を見せるウィルベアトを残して部屋を出て行った。

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