第19話 新婚旅行について
二度目の目覚めはお昼過ぎだった。
隣にはエディングの姿はない。
いつ出て行ったのか分からないがおそらく執務室にいるのだろう。
「あれ?服着てる…」
エディングが着せてくれたのか、それとも侍女がやってくれたのか私は寝間着を着ていた。昨日の透け透けの物とは違ってしっかりと肌が隠れる物だ。
ちらりと覗く鎖骨や胸元には大量の鬱血痕が残されており、昨晩の情事を思い出させる。
「レイ、起きていたのか」
執務室から寝室に入ってきたのは夫となったエディングだった。
やっぱり執務室に居たのね。
「おはようございます、エディ」
「ああ、おはよう」
こちらに寄ってきたエディングはベッドに腰掛けていた私に短いキスを贈ってくる。
見上げると蕩けるような笑みを見せられてどきりと胸が弾む。
「身体は平気か?」
「はい。大丈夫だと思います」
本当は動くと痛いけどね。
大丈夫と答えたのにエディングは気難しい顔をした。
どうしたのかしら。
首を傾げると言葉なくもう一回キスをされる。今度は噛み付くような大人のキスだ。
「んんっ!」
いきなりされた為、すぐに息が苦しくなり彼の胸をどんどんと叩く。しかしびくともしない。やがて力が抜けた私はベッドに横たわった。乗り上げてくるエディングは私の顔の両脇に手をついて、意地の悪い笑みを見せた。
「結婚したら敬語はやめる約束だったはずだ」
「あっ…」
「約束が守れない妻には罰が必要か?」
寝間着の長い裾を持ち上げるようにして太腿を撫で回してくるエディングに背筋がぞわりと粟立つ。
「いや、あの……でも、エディは皇族で」
「今はレイもそうだろ。結婚したのだから」
生まれはただの…と言って良いか分からないけど公爵家の人間だ。
生まれながらの皇族に敬語なしで話すのはやっぱり難しい。
昨日の夜は所々外れていた気がするけど、あれは行為の中で余裕がなかったからだ。
「私の妻になった事を身体に教え込ませる必要があるな」
暗に性行為をすると匂わせてくるエディングの肩を押し返す。
全然びくともしないけど、やらないよりはマシだ。
「ま、まだお昼ですよ!」
夜ならまだ受け入れられる覚悟が出来るが今は真っ昼間、しかも寝起き早々にあんな激しい行為を出来るわけがない。
身体も痛いし、もたないわよ。
「夫婦に朝も昼も夜も関係ないだろ」
「そういう問題じゃありません!」
「それなら敬語をやめろ。やめないなら抱くぞ」
この人、本当に横暴だ。
優しいかもと思っていたけど滅茶苦茶過ぎる。
「敬語やめるからエディもやめて!」
大声を出すとエディングは満足そうに笑って、私の上から退いた。
起き上がるのを手伝ってくれた彼はぎゅっと思い切り抱き締めてくる。
「レイが可愛過ぎて辛い」
「意味が分からないわよ…」
夫婦の営みを拒否されておいて可愛過ぎるという感想が出てくるとはどういう思考をしているのだ。
抱き締めるだけで特になにもしてこないので大人しく受け入れていると「これは抵抗しないんだな」と笑われてしまう。
「夫婦なので」
そう答えるとエディングは楽しそうに笑った。
「ああ、そうだ。レイ、新婚旅行で行きたいところはあるか?」
昼食の最中、エディングから尋ねられた。
新婚旅行?それって行けるの?
彼は第二皇子で、帝国軍の司令官を務めている多忙な人物だ。呑気に新婚旅行をしている時間があるのだろうか。
「新婚旅行って日帰りなの?」
「旅行と言ってるだろ。一週間くらいを予定している」
「一週間も?」
「嫌なのか?」
「い、いえ、違うけど…」
悲しそうな表情を向けられて慌てて首を横に振る。
ただ行けると思っていなかったので一週間も旅行をすると言われて驚いたのだ。
私の否定に安心したのかエディングは笑顔を見せた。
「それでどこに行きたい?レイの好きなところに連れて行ってやるぞ」
「行くとしたら帝国内よね?」
「ベシュトレーベン王国の方でも構わないが向こうに許可を取らねばならない。旅行に行ける時間が短くなるぞ」
皇族の新婚旅行だ。
王国としても急に来られたら迷惑のはず。
家族や従兄妹に会いたい気持ちもあったが昨日会ったばかりだ。また別の機会にお願いするとしよう。そうなると帝国内で選ばなくてはいけないのだけど。
どこに行ったら良いか分からないわ。
「エディの行きたいところで良いわ」
「そうか?」
「勉強不足で申し訳ないのだけど、こっちの地理についてはあまり詳しくないの」
「ああ、なるほど。では、どういうところに行きたいのか教えてくれ。場所は私が選ぼう」
ベシュトレーベン王国は内陸にある国の為、海に行く機会が滅多になかった。
それに対してシュテルクス卜帝国は港町が多く存在している。
折角の機会なので海に連れて行ってもらいたい。
「海に行きたいわ」
「どうして海なんだ?」
「エディも知っていると思うけどベシュトレーベン王国には海がなかったから滅多に行く機会がなかったの。だから、お願いしたのだけど駄目かしら」
理由を説明するとエディングは「なるほど」と納得してくれた。
「勿論構わない。準備はこちらで進めさせてもらおう」
「ありがとう。でも、お仕事の方は大丈夫なの?」
「問題ない。レイが嫁いでくると決まった時から休暇申請はしておいた。父上にも兄上にも新婚旅行くらいはのんびりして来いと言われているしな」
「それなら良いけど。無理しないでね」
「レイとの時間が取れるならいくらでも無理したくなるな」
甘ったるい笑顔を見せられてはどうしたら良いか分からず誤魔化すようにフルーツのぶどうを頬張った。
「レイはフルーツが好きだな」
「好きよ?」
「昨日も私を待たずにフルーツを食べて寝ていたし」
ぶっ、と吹き出しそうになるのを堪えた。
昨日なにも言われなかったけどバレていたのね。
前を見ると悪戯に成功した子供のように笑うエディングがいた。
「今晩も用意させるか?」
「要らないわよ…」
「そうか、必要になったら言ってくれ」
揶揄うように言われてしまった。
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