第16話 挙式

代々シュテルクスト帝国の皇族が結婚式を挙げている歴史ある教会の鐘の音が響いた。

開かれた扉の先に待っていたのは参列者達からの視線。

全員が目を大きく見開き、驚き、そして感嘆する。


「美しい…」

「まるで女神様のようね」


バージンロードを歩いている際にちらほらと声が上がる。

そのどれもが自分を褒めるようなものばかりで萎縮してしまいそうだ。

これは侍女達が頑張ってくれたからで素の私は綺麗じゃないし、女神でもない。ただの平凡女です。


「でも相手が『冷鬼の司令官』なんて可哀想…」

「きっと冷たくされているに違いないわ」

「今日も怖い顔をされているもの」


私への賞賛と共にエディングに対する中傷のような言葉も聞こえてくる。

冷たくされた覚えはない。むしろ温かく出迎えてくれた。

気にしているのかと見上げたエディングは無表情。しかし皆が言う怖さを感じられなかった。

冷酷という噂は皆がそう思い込んでいるだけじゃないのかと思ってしまう。


「ん?」


エディングと目が合い、驚きに身体がぐらつくが支えてもらい事なきを得る。


「大丈夫だ。私が付いている」


私が不安になっていると思ったのかエディングは優しく笑いかけてくれる。

やっぱり彼は冷たい人じゃないわ。

周囲の彼に対する評価を思うと胸が苦しくなる。

今すぐ否定して回りたい気分だ。

寄り添い合いながら歩いて行くと聖壇の前に辿り着く。


「これよりエディング・ヴィルヘルム・シュテルクスト第二皇子殿下及びレイチェル・エルゼ・ツァールト公爵令嬢の婚儀を始めるとする」


司祭の声が響き、騒ついていた会場も静寂に包まれた。


「夫エディング・ヴィルヘルム・シュテルクストは妻レイチェル・エルゼ・ツァールトを永遠に守り、慈しみ、愛し続ける事を誓いますか?」

「誓います」


先に誓いを立てるのは夫となるエディングだった。

彼を見ていた神父は私の方を向く。


「妻レイチェル・エルゼ・ツァールトはエディング・ヴィルヘルム・シュテルクストを永遠に寄り添い、支え、愛し続ける事を誓いますか?」

「誓います」


神父は私の返答に小さく頷いた。


「よろしい。それでは神の誓約書に署名を」


神父は書類を取り出し、聖壇に置いた。

新郎が署名してから、新婦が署名する。素早く署名したエディングに対して、私は上手く自分の名前を書くことができない。緊張で手が震えていたせいだ。


「ゆっくりで良いから落ち着いて書け」


急に声をかけられて驚く。顔を上げると優しく笑うエディがこちらを見ていた。


「急かす者は誰もいない。ゆっくりで良い」


その笑顔だけで安心出来てしまう。今度こそとゆっくりと筆を走らせていけば、彼の名前のそばに自分の名前が刻まれた。普段より綺麗に見えるのは目の錯覚だろうか。

よし、出来た…。

安堵しながらエディングを見ると変わらぬ笑顔で頷かれる。それだけで嬉しくなってしまう。

後は誓いのキスをするだけ。確か場所は額だったはず。


「それでは誓いの口付けを!」


顔を覆うベールをゆっくりと捲り上げられていく。

肩に手を掛けられて、彼がキスしやすいように目を閉じて上を向く。


「愛してるよ、レイ」


え?と言う声は漏れなかった。

エディングが私の口を塞いでしまったからだ。

ちょっと待って、キスって口じゃないはずよね?


「んっ…」


唇へのキスはこれで二度目だ。

それなのにどうして一回目より胸が高鳴るのだろう。全身が熱を帯びていく。

恥ずかしい。気持ち良い。

その二つがごちゃ混ぜになったような感覚に陥る。

なかなか離れてくれない唇に身を捩るが彼はびくともしない。むしろ角度が変わった事により口付けが深くなったような気がする。


数十秒、数分。どれくらいキスをしていたのかは分からない。ようやく離れていくエディング。熱を持っていた唇が冷気に晒されてひんやりする。

目を開けば涙でぼやけており、彼の顔が歪んで見えた。


「愛してる」


再び紡がれた愛の言葉と大勢の前での口付け。

恥ずかしさで死んでしまいそうだった。

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