最終話「考古学とはのう。滑稽なものじゃ」
ヴァイスマン教授はあれ以来、論文執筆に追われていた。
魔物化した竜の実物と竜墓の発見。それは学会を揺るがす大事件だった。そして近々、ヴァイスマンより「王墓の持つ機能」についての新説が発表される。これも大きな衝撃となるだろう。なにせ、現物による実証実験の記録まで添えられるのだ。
竜墓の修復作業は完了し、現在も魔素拡散は順調に推移している。定期的にケスラー大佐が点検に訪れ、確かに魔物の沈静化と不活性化の傾向が確認されている。もともと竜墓では二千年にわたりわずかずつ魔素が拡散されていた。そのため、あと十年ほどで一般人も立ち入れるほどに無害化するであろうと見込まれている。
一方、雅は。
「はぁ~~、なんでできんかのう。だからこうじゃ、びゃーって魔力を集中して、がーって頭の中で術式を組み立て、こう、ぐわーっと“先”をイメージして、こうじゃ」
約束通り、
「いや……すまない。全然わからない」
ケスラーはその一端すら掴めずにいた。
彼が魔術師として格段に劣っているということはない。資質はある。だが、なぜかいつまで経っても習得できずにいた。
「かーっ! まったく! そこに樹が生えとるじゃろ? 見えとるじゃろ? 見えてる場所への〈転移〉は初歩中の初歩じゃ。イメージしやすいどころではないからな。だからその位置に、びゃーっとするのじゃ」
「あ、ああ……」
こともなげに雅は実演する。実際にできているのだからケスラーも文句は言えない。幾たびも角度を変えて質問するが、一向に理解できないようだった。
(やはり人には過ぎた力であったか。しかし……ある意味でこれでよかったかもしれんの)
あとから冷静に考えると、〈転移〉の軍事的価値は極めて大きい。この伝授と一般化がなされたなら軍事バランスを大きく狂わせる非常に厄介な事態になりそうな気がした。というわけで、ケスラーを〈認識改変〉して約束を反故にしてしまおうかとも考えた。彼の中での認識を「ヴァイスマンの熱い説得を受けてついに折れた」という形にするのだ。実際、かなりは揺れていたようだし、実情との齟齬が小さく済むだろう。なにより、結果が出ている。
というより、それをするならはじめから〈認識改変〉でゴリ押してもよかった気がする。力を見せつけるのは気持ちよいので仕方ない。そして、約束をしてしまったなら守るしかない。とはいえ、こうまで物覚えがわるいとは思わなかった。
「もうよい! しばらく自主練しておれ! わしはそこの木陰で休んでおるからな」
と、ケスラーを放って雅は読書をはじめた。気になっていた一節を再読したくて気が気でなかったのだ。
(さて、このあたりのページだったかの)
遺跡の全周を掘り出して石扉を露出する過程で、新たな発見があった。
当時の碑文である。その内容はおそらく定礎板に近いもので、そこには旧王国文字で「エンゲルハルト」の名が刻まれていた。建造責任者を示す名である。
(マジで実在しとったんか、こいつ)
これは雅の頭を悩ませた。どうせ誤訳の過程で発生した架空の人物かなにかだろうと思っていた。ただ、雅は竜墓の存在を知らなかったし、であればそれを建造した人物であるエンゲルハルトのことも知らぬのも無理はない。旧王国が滅びるより前に雅は地上を去っているからだ。
エンゲルハルトは実在する。そして彼は、雅の残した「王墓の原型」をもとに竜を埋葬できるほどの巨大な王墓を建造した。むろん、雅にも同じことはできたが、人間が神々の力を借りずにそこまでやり遂げたのだ。
(ヴィルめ。ここまで見越しておったのだと思うと、少し腹立たしいの)
今や雅はヴィルヘニウムの予言どおり、人間に興味津々だ。
雅は改めてソエカ著『旧王国の顛末』を開き、その一節を確認した。
“大いなる王を弔うため、エンゲルハルト氏の指揮によって王墓が建造された”
奇妙な表現があることに気づく。ソエカの著作は旧王国が滅んだ理由を“神の怒り”と表現するよう、旧王国に対してはいくらかの悪感情を抱いている傾向が見られる。
だというのに、“大いなる王”である。
すなわち、ここでいう“大いなる”は敬っているわけではない。単なる区別だ。
ただの「王」と、「大王」という区別があったのだ。そして、後者はおそらく「竜」を指す。
(わしも、わしの常識に基づいて思い違いをしておったようじゃの)
ヴァイスマンは壁画に複数の竜が描かれているのを見て「竜は複数いる」ものだと思った。実際には、それは「時系列」を示すものだった。竜は初めからヴィルへニウムのただ
同様に、ヴァイスマンにとっても雅にとっても、王墓は複数建造されているというのが常識だった。しかし、ソエカにとってはどうか。彼にとってはあるいは、「王墓」と呼べるものはキャザウッドの竜墓のただ一基のみだったのではないか。
(仮説じゃな。まだ仮説の段階にすぎん。ソエカの時代に他の王墓が発見されておる痕跡が見つかれば崩れ去るほどの、脆い仮説じゃ)
それでも、仮説は立った。仮説が立ったのなら、それに基づき証拠を集め、検証する作業となる。その検証に耐えうるなら、それは「新説」としての地位を獲得するだろう。
つまり、かつて「ノイズ」だと断じた「発見年」が意味を持つのだ。
(というか、ケスラーのやつまだできんのか?)
できないままの方がよい気もするが、複雑な気分だ。二千年前のあのときも似たような光景を見たな……と雅は思い出していた。
「じゃからの、竜の力ほどの膨大な魔力を抱えてたら死後が危ういんじゃ。だからこうして、びゃーっと迷宮をつくっての、魔力の流れをぶひゃーっと散らせて、こうしての」
「すみません、その、なにをおっしゃっているのか……」
「わからんか? 物覚えがわるいのう。もうよい、実際につくってやろう。それを真似すればおぬしらでもできるじゃろ?」
そうして、何基かの迷宮墓地を単独でつくりあげ、人間の前に示した。
「こうじゃ。ほれ、試しにこの呪物を玄室に収めてみい。無害化されるはずじゃ」
「おお……。素晴らしい。これで、王も安らかにお眠りいただけるわけですね」
「そうじゃな。ふふん。もっと褒めよ。こんなもんでよかろう。さらばじゃ」
「あの……」
「ん?」
「お名前を、お教えいただけないでしょうか」
「ふん。名乗るほどのものではないのでな……」
(あれ!? わし名乗っておらんかったっけ?!!?)
じっくり腰を据えて過去を思い出し、雅は致命的なことに気づいた。
なぜ「ミヤビ」の名が伝わっていないか。それだけの話だ。あのときは名乗らずに施しだけ与えて去るのがかっこいいと思っていたのだ。というより、今でもその節がある。
(まったく、考古学とはのう)
雅は、コーヒーとかいう謎の苦くて黒い液体に挑戦しながら、しみじみと思う。
(生き証人が自ら取り組むとは、滑稽なものじゃ)
【完】
ロリババアに考古学はいらない 饗庭淵 @aebafuti
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