新参者-6

 眼前に広がる樹海は、大和の予想を裏切った。闘技場という名から、遮蔽物のないステージを想像していたのだ。けれどもその実態は、獣道すらない、雑草生い茂る大地。天を覆い隠すほどの大きな葉と、逞しく太い樹木。耳をつんざくような、怪鳥のけたたましい雄叫び。地上ではまずお目にかかれない魔境だった。

 背後を振り返るが、今しがた通過してきたはずの扉はそこにはない。これでは脱出することもままならない……いや、出る方法を考える必要はないということか。恐らくここに来ているであろう敵を警戒し、ボウガンを構える。ゲンの、どちらかが死ぬまで終わらないという言葉を信用するなら、どちらかが死ねば出られるのだろう。

「……」

 慎重に、一歩踏み出す。草を踏みつける音が異様に大きく聞こえた、次の瞬間。大和は考えるより先に、身をかがめた。

 空気が震え大地が揺れる。何事かと視線を巡らすと、直径二メートルはあろうかという大木が三本、なぎ倒されていた。いや、斬られていた。しかし、犯人の姿は見当たらない。奇襲を敢行し即座に離脱した、という推測が妥当だ。

(けど……いくらなんでも速すぎる。斬った瞬間くらいは、人影が見えてもおかしくないはずだが……)

 間一髪で一命を取り留めながら冷静に戦況を分析する、自分らしからぬ自分を、しかし大和は受け入れていた。地に足がついていない不安定な精神状態はいまだ続いているが、一つ確かなのは、もう痛い思いをしたくないということだった。

「……!」

 先と同じような寒気――おそらくこれを殺気と呼ぶのだろう――を感じて、大和は直近の樹木に足をかけ、駆け上がる。ちらと後方に視線を走らせるが、植物たちがめった斬りにされるばかりで、人影は見えない。

(やっぱりそうだ……姿は見えない、俺が上へ逃げても攻撃対象を修正しない……方法は分からないけど、遠隔攻撃に違いない)

 だとすれば、視界が閉ざされる密林内にいては格好の的だ。大和はボウガンを握りしめ、さらに速度を上げる。大和の意図を察した敵の攻撃が、妨害の為に足場を狙うが、大和はその都度別の木に飛び移って回避し、上を目指す。

 幾重にも重なる葉の屋根を突破すると、鋭い光が大和の目に飛び込んできた。太陽……かと思ったが、近すぎるし赤すぎる。太陽を意識した照明だろう。眼下に広がる樹海には果てがなく、まさに牢獄である。全ての樹木の高さがほぼ一定である点には、明らかな作為が感じられた。

 ここに来てからどうするかは考えていなかった大和だが、解答はすぐに見つかった。見下ろすと、木が斬られている場所が一目瞭然なのだ。しかもその軌跡が、一本の道のように、大和の直下に続いている。で、あれば。大和のいる位置から一番遠く、かつ、木が倒されている場所。そこに敵がいるのは間違いない。大和はボウガンを構え、迷わずにそこに矢を放った。当たるとは思えないが、牽制にはなるだろう。そう思っての一射だった。

 だが、大和の思惑に反し、矢は空中で粉々になった。ありえない一手だ。大和が敵の位置を正確に把握していないことは明白であり、堂々と迎撃することは、自らの位置を声高に教えることに等しいのだから。

「そうか……! しまった」

 だが、大和はすぐに自らの勘違いに気付いた。もし、敵も同じ状況なら……つまり、敵も大和の正確な位置を把握していなかったとしたら。最初の遠隔攻撃が、大和を狙ったものではなく、勘による一撃だったなら。大和は攻撃をかいくぐりつつ敵の位置を探ろうとしていたつもりだったが、その実、密林の上方という、この上なく狙いやすい位置に誘い込まれていたのだ。

 引き返そうとするが、既に手遅れ。さっきまでとは桁違いの規模の攻撃が、大和の下方に起立する大木をなぎ倒す。いかに身体能力に恵まれた身体とはいえ、空中に放り出されては身動きが取れない。この状況を用意した敵が、この機を逃す理由はなかった。

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