新参者-5

 大和が降り立ったのは、広々とした円形の部屋。直径は二十メートルほどで、床も壁も真っ白に塗られている。清潔に保たれている様は病室を思わせるが、壁を埋め尽くすように掛けられた多種多様な武器が、その雰囲気を壊している。

「よく来たな。ここは初めてか?」

 重厚な声の持ち主は、部屋の中央で座禅を組んでいた。綺麗に剃られた頭と立派な袈裟という出で立ちは、僧侶を思わせる。

「えっと……そうです。俺は何をすれば」

「選べ。魂に刻まれし、お前の相棒を」

 大和は目を瞬かせる。この中から自分が使う武器を選べと言っているようだが、どう選べばいいのか。そも、武器の訓練どころかケンカの経験もないのに、どうして武器を用いた戦闘がこなせよう。

 棒立ちの大和に対し、男は顔色一つ変えることはない。彼にしてみれば、このような状況は初めてではないのだ。

「お前の記憶だけでは、自分に合った武器が何なのか、分からぬだろう。だが、その肉体は既に一つの武器に特化している。一歩踏み出せ。さすれば、導かれよう」

「……」

 胡散臭いことこの上ないが、従うよりほかにない。言葉通りに、一歩、控えめに踏み出す。すると、大きな留め金が弾け飛ぶ音が聞こえた。右側からだ。見ると、全長一メートル以上の鉄の塊が飛来してくるところだった。

「わっ!?」

 とっさに避けた。いや、避けようとした。少なくとも、大和の脳は身体にそう指示したはずだ。だが、大和の肉体はそれを無視し、右手でそれを受け止めた。この瞬間だけ、大和の身体は彼自身のものではなかった。

 理解の及ばない状況に驚愕しつつ、右手で掴んだそれを見る。実物を見るのは初めてだが、名前くらいは知っている。ボウガンだ。

「……これを使え、ってことですか?」

「そうだ。お前の身体は、それを使うためにある」

「そんなこと言ったって、こんなの触るのも初めて……」

 反論を遮るように、強い眩暈が大和を襲った。それも、ただの眩暈ではない。自分のものではない記憶が、強引に自分の中に入ってくる感覚。自分が自分でいられなくなる、恐怖。強い不快感に、大和は思わず片膝をついた。僧侶は、無言で見守るばかりだ。

 眩暈が収まるまで、大和は身じろぎ一つできなかった。それは実際には数秒程度のことだったが、大和にとっては数時間にも思えるほどの苦痛であった。

「はあ、はあ……」

「慣れるまでしばらくかかるだろう。だが、これでお前も、晴れて戦人だ」

「戦人……?」

「戦うための能力を備えた者のことだ」

 ついさっきまでの大和なら首をかしげるであろう言葉だが、今の大和には理解できてしまう。今の大和は素人ではなかった。パンチの撃ち方も、効率の良い回避の方法も、ボウガンの扱い方も理解している。初めて見るはずのボウガンは、十年来の相棒であるかのように、右手に馴染んでいた。

「落ち着いたら、そこの扉を開けて進め。戦場が待っている」

「……いきなり戦えってことですか」

「安心しろ。お前たちの肉体には、伸びしろがない。いくら鍛えても、他とは差がつかんのだ。まあ、経験値の差は無視できるものではないが……相性次第では、百戦錬磨の強者を、新人が圧倒することも稀ではない」

 自身の肉体のスペックが、地上にいたころとは比べるべくもないことは、既に大和も実感していた。かつての自分では、飛来したボウガンを片手でつかむことなぞできなかっただろう。

「じゃあ、行きます」

「そうか。お前は、不思議な奴だな。呑み込みが早いというか、順応性が高いというか。ほかの新人は、再び殺されるかもしれんという状況に、泣き喚くものだが」

「そうですね。俺にも、よく分かりません。実感がないというか……夢でも見てる気分です。まあ、昔から、諦めは早かったもんですから」

 不自然なほどに迷いのない足取りで、大和は男の後方に見える扉に向かってゆっくりと歩みを進める。男には大和の足取りが、酷く不安定で、危ういものに見えた。

「そうだ、言い忘れるところだった」

 大和が男の傍を通過したとき、彼は思い出したように言った。

「お前には独自の能力が宿っているはずだ。それをうまく使えるかどうかが、勝敗のカギだ」

「能力……この身体能力のことじゃなくて」

「ああ。今なら、分かるだろう?」

 大和は無言で頷いて、歩みを再開する。確かに、彼の言うとおりだった。それを試しに使ってみるまでもなく、大和は、自身の身に宿った能力を理解していた。

 大和は振り返らない。その手を扉にかけた時、ふと思い出したように口を開いた。

「さっきある人に、次はないって言われたんです。あれ、どういう意味ですか?」

「次はない、か……そうだな、殺された後のことだろう。地上で死ねばここに転生できたが、ここで死ねば、どうなるか分からん。少なくとも、ここに戻ってくることはできまい。なにせこれまで、この世界に二度来た者はないのだから」

 納得いったという風に頷いて、大和は扉を開く。事ここに至っても、どこか他人事のような夢見心地であった。

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