新参者-4

「兄ちゃん、頑張れよ!」

「新入りか? 面白い試合、期待してるぞ!」

 仮面の使者が目立てば、その後ろを歩く大和にも視線が集まるは道理。道行く人々は、口々に大和を激励した。その様子は、大舞台に挑むスポーツ選手に向けられる歓声を思い起こさせる。

「……本当にみんな、殺し合いを楽しんでるんですね」

「最初は戸惑うかもしれませんが、すぐに慣れ……いえ、魅力に気づきますよ。勝利の高揚は、何物にも代えがたい」

「…………」

 異常だ。大和に声をかけている人間は一人残らず、一度、誰かに殺されているはずなのだ。死ぬということがどれほどの苦痛を伴うのか、知っているはずなのだ。だのに、殺人を許容できるのか。どうして他人の死を喜べるのか。

「着きました。さあ、入ってください」

 仮面の使者が足を止める。そこには一本の黒い円柱があった。模様も継ぎ目もない無骨なそれは、直径三メートルといったところか。漆黒の空のせいで正確な高さは分からないが、かなり高いところまで伸びているようである。

 足を止めて呆然としている大和に、仮面の使者が声をかけた。

「お進みください」

 大和は躊躇ったが、逆らうのは無意味だとすでに理解しているのですぐに従った。柱に一歩近づくと、ひとりでに柱の一部が消失した。いや、扉だ。柱とまったく同じ色の扉が音もなく開いたので、気付かなかったのだ。

 柱の中に入ってから、大和は違和感に気付いた。

「あなたは来ないんですか?」

「ええ、私の仕事はここまでですから。それに、その中は二人がやっとの広さですし。では、健闘をお祈りします」

 仮面の使者が恭しく一礼すると、扉が閉じた。辺り一面が闇に包まれたが、それも一瞬。大和の背後で、小さな明かりがともった。

 ライトがあったのか、とそちらを振り向くと、光源は小さなランタン。それを持っているのは、身長が二メートルに迫るほどの、背の高い女だった。

「はじめまして、円柱ガールです」

「……え?」

 女はさっきの仮面と同様、黒いローブで全身を覆っている。顔は隠していないが、手付かずの野草の様に伸び放題の黒い髪のせいで、その容貌は仮面よりも不気味な有様だ。上から見下ろされる格好なので、威圧感すら覚える。

「…………円柱、なに?」

「円柱ガール、です。この間、地上では私のような者をエレベーターガールと呼ぶと聞きました。でも、ここはエレベーターではないので、円柱ガールです」

「私のような……それに、エレベーター……? もしかして、これ、動いてるんですか?」

 大和が慌てた様子で周囲を見回し始めると、円柱ガールは満足そうに「うふふふふふ」と笑った。ふわふわと不規則に揺れる髪が不気味だ。

「はい。上へ参ります、というやつです」

「上……?」

「闘技場は、上にあるんです。とはいえ、すぐには着きません。私に分かることでしたら、質問、いいですよ? 暇つぶしがてらに」

 聞きたいことなど、山のようにある。だが、今、最も気にかかっているのは。

「俺、戦うなんて無理ですよ。人を殴ったこともないんです」

「平気ですよ、それは」

「いや、そんなこと言われても……」

 納得いっていない大和の表情に、円柱ガールは首をひねる。どうして分からないのだろう、と言わんばかりに。

「じゃあ逆に聞きますけど……どうしてリンゴって赤いんですか?」

「は? どうしてって……リンゴがそういうものだからだとしか」

「そういうことです」

「……」

 どうやら大和が戦えるということは、リンゴが赤いことと同じレベルで当然らしい。からかっている風には見えないし、彼女の中では本当にそうなのだろう。埒が明かない。

「……じゃ、質問変えます。さっき、ある人に次はないって言われたんですけど、あれって」

「到着でーす」

「……」

 ほんのわずかな揺れすらないまま、扉が音もなく開く。大和が円柱ガールに見送られて外に出ると、すぐに扉が閉まった。

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