死後の世界と白の侍

天星とんぼ

新参者-1

 こじんまりとしたバーは今日も空いていた。埋まっているのは三つあるテーブル席の内ひとつと、カウンター席の端だけ。天井から吊るされた四つの裸電球が放つぼんやりとした光は、落ち着いた雰囲気を演出するには役者不足で、ただただ貧乏くさい。

 テーブルを囲む三人の男たちは、壁に埋め込まれた薄汚いモニターを無言で注視している。カウンター席の男は、傍らに広げた書類と睨めっこしている。酒は減っていない。

 古びた鈴が控えめに音を奏で、ゆっくりと扉が開いた。不安気に瞳を揺らしている小柄な少年が、ドアノブに手をかけたまま入店すべきか逡巡し立ち尽くしている。

「おひとり様ですか?」

 バーテンの少女が声をかけると、少年はかすかに頷き、おずおずと敷居をまたいだ。

「見ねえ顔だな、坊主」

「リリちゃん狙いかい? だったら止めときな、意外とガード堅えからよ」

「軽そうに見えたんだけどな、最初は」

 ゲラゲラと笑う男たちは、少女に一瞥されると、慌ててモニターに視線を戻した。少年は愛想笑いも浮かべず、恐る恐るカウンター席に腰かける。

「ご注文は?」

「…………」

 少年は落ち着かない様子で、あたりを見回すばかり。すると、カウンターの端に腰かける若い男が、書類から目を離さぬまま言った。

「リリナ、何か出してやれ。俺のおごりだ」

「はーい。お客さん、カルアミルクとかどうです? 美味しいって評判なんですよ」

「逆だよ、リリちゃん。ほかは飲めたもんじゃねえのさ」

「もー、失礼ですねえ」

 男の笑い声にも、リリナの苛立った声にも、少年はやはり無言。だが、誰もその様子を心配することも、咎めることもない。ここにいる全員が、自分にもこんな時期があったかな、と過去を振り返っていた。

 カルアミルクが出来上がり、少年の目の前に置かれる。すると、カウンターの端の男が口を開いた。

「新入りだな」

「…………俺のことですか」

 少年の声は震えていた。それが何に対する恐怖なのか、全員が理解している。

「どこから来た?」

「……」

「ここがどこだか、分かっているのか?」

「……」

「これから、どうするつもりだ?」

「……」

「ここに来る前、何をしていた?」

 無言を貫いていた少年は、その問いに体を小さく震わせた。男はそれで満足と言わんばかりに、小さく頷いた。

「忘れているわけではなさそうだな。なら、すぐに慣れるだろう」

「……やっぱり、俺は」

「自分の記憶を疑うな。五体満足でここにいることを考えれば、夢だったと思いたくなるのも分かるが……全て現実だ。たとえお前の最後の記憶が、自分が殺されることだったとしてもな」

 男が言い終わるや否や、少年は顔を真っ青にしてバーを飛び出した。開け放たれた扉が、風に揺れてぎしぎしと音を立てる。テーブル席の男が一人、怪訝そうな顔で振り返った。

「今回はやけに親切だな、ゲンさん」

「取り乱しても、泣いたり喚いたりしない奴は好きなんだよ。ところで、どうだった?」

「さっきのかい? なかなか良かったよ」

 モニターには長身の女が映っている。身にまとった白い着物には、おびただしい量の返り血が付着していた。

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