新参者-7

 大和の視界に飛び込んできたのは、小柄な少女。柄のない白い着物と白い肌に、艶やかな黒い長髪が映える。少女は真っ白い刀身の日本刀を左手に握り、刺突の構えをとっている。

 大和の身が地面に到達するまで、残り数秒。大和は空中で、少女の眉間に狙を定める。空中戦を挑んでくるなら条件は同じだ、敵の間合いに入る前に撃ち抜いてしまえばいい。彼女の両足が地を離れた時が勝負、そう睨んだ。

 だが、少女は跳ばなかった。その場で鋭く一歩踏み込み、刺突を放ったのだ。

「『点閃』」

 少女の声は細く透き通っており、それでいて確かな存在感を放っている。だが大和には、その声に聞き惚れるほどの余裕も、少女の一見無駄に見える挙動を嗤う暇もなかった。斬り裂かれた大気の悲鳴が聞こえた気がした。これから何が起こるかが分かった。だが、対応するにはあまりにも、時間がなかった。

 斬られる。そう思った時には、無数の刺突が、彼の全身を貫いていた。

「ぐっ、あああああっ!」

 落下の衝撃で視界が揺れ、数十にも及ぶ傷口から鮮血が噴き出す。たまらず絶叫する大和に、少女は慈悲の欠片もなく、追い打ちをかける。彼女はやはり大和との距離を詰めようとはせず、その場で剣を振るうだけだ。今度は、横薙ぎの一閃。

「『曲閃』」

 だが、大和とて木偶人形ではない。少女の一撃に一瞬遅れて、ボウガンを放つ。もっとも、痛みに喘ぎながらの苦し紛れの一撃、正確に狙いを定められるはずもない。矢が、刀を構え直す少女の真上を通り過ぎた、その時。

 大和が、少女の上方に出現した。

「なっ……!?」

 邂逅以来初めて、少女が表情を変えた。大和が動くより早く放たれたはずの斬撃は、ボウガンの矢を粉々にしていた。

「転移……いや、位置の交換……!」

 少女は大和に狙いを定めようと視線を上に向けるが、すぐに断念して後方に跳んだ。大和が、既にボウガンを構えていたからだ。立て続けに飛来する矢を、少女は後退しつつ紙一重で躱していく。

 大和が着地し、少女が白い刀を構え直す。両者の距離は五メートル、先の斬撃により、周囲には遮蔽物がない。

 だが、大和には短期決戦を狙わざるを得ない理由があった。傷を負いすぎたのだ。深い傷こそないが、数が多い。血が足りなくなるのは時間の問題だ。

「……ははっ」

 地上で死んだ時も、失血死だった。皮肉めいた因果に苦笑する大和だったが、血みどろの笑みは不気味に過ぎた。少女が警戒するように、刀を握る両手に力を込める。

(……さて、戦況を整理しようか)

 大和は冷静に思考する。戦うための力、とはよく言ったものだ。このボウガンは撃つ度に、次の矢が番えられる。あれだけ走ったのに、疲れを感じない。そのうえ今の大和の身体は、ボウガンの矢と位置を交換できる。これこそが、あの男の言うところの『独自の能力』に相違ない。

 だが、それは大和の専売特許ではない。対峙している少女は、斬撃を飛ばすことができる。しかも、その軌道や規模はある程度自由に設定できる。真っ向勝負なら、大和に勝ち目はない。

(チャンスは、一回だな)

 少女は、無理に攻めようとはせず大和の出方を待っている。大和は持久戦に耐えられる状況ではなく、少女が動かない限りは無理にでも打って出なければならないのだから、無難な選択だ。

 大和が引き金を引いた。空気を斬り裂きながら、矢が少女の眉間を狙うが、容易く避けられる。もっとも、ここまでは筋書き通り。

 矢があった場所――すなわち、少女のすぐ後ろに、大和が転移する。零距離にて、少女の頭部を狙い、引き金を引く。だが、少女にしてみればタネの割れた手品。対応して回避するなど、造作もないことだ。もっとも、ここまでも筋書き通り。

「……!?」

 少女が息を呑んだのは、来るはずがない三撃目の気配を、背後から感じたからだ。視線を巡らす暇もなく、大きく横に跳んで回避する。すると、ボウガンの矢が少女の視界の端に映った。そう、考えてみれば当然のこと。場所が入れ替わったからといって、矢がその動きを止める理由はないのだから。

 とっさの大きな回避は、致命的な隙を生む。戦人となった大和はそれを理解しており、この状況を狙っていた。一瞬のうちに五発、放射状に広がるように矢を放つ。少女は空中で刀を二度振るったが、全てを撃ち落とすには至らない。取り逃がした一本が左肩を撃ち抜き、白い着物を赤黒く染める。

 大和は少女の苦し紛れの一撃をかがんでやり過ごしつつ、再度、引き金を引く。否、引こうとした。それより一瞬早く、少女の口が動いた。

「『暗閃』」

 それと同時に、大和の右腕が宙を舞った。それが、少女の二発目の斬撃だと気付いた時には、もう手遅れだった。苦し紛れなどとんでもない。少女は一発貰う覚悟で、大和の腕を、武器を奪いにかかったのだ。

 追撃しようにも、手中に得物がないのではどうしようもない。かくなるうえは素手で、と考える暇もなく、少女は大和に肉薄した。首筋にぴたりと、白い刃が当てられる。

「最後に聞きたい。あなたは、この戦い、どう思ってるの?」

「……どうって、そりゃあ」

 全身からおびただしい量の血を流しながら、大和は笑った。

「楽しいに、決まってるだろう」

「……そう」

 少女の残念そうな声に一瞬遅れて、大和の首が胴と離れた。殺された人間が殺し合うことを良しとしない少年は、もうそこにはいなかった。

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