侍と獣たち-2
「私のこと?」
「白々しい女だ、お前以外に誰がいる」
少女の注意が仮面の男に移ったことを察知し、二人の男は一目散に逃走した。少女は男たちを一瞥しただけで、咎めようとはしなかった。
「あんなのを庇うのに、善良で罪のない獣は守ってくれないの?」
「そうだ。ここは人間のための世界、法もそれに基づく。ペットを欲しがる者がいるなら宛がうし、サンドバッグにしたがってる者はそうすればいい。俺たちからすれば、お前の方が罰するに値する」
仮面の男は、瀕死の犬には目もくれない。
「まだ、ひとりも殺してないけど」
「確かにそうだ。殺すどころか、四肢のひとつも斬り落とすことなくあれだけの苦痛と恐怖を与えるとは大したものだが……法ってのはそう頑固なものじゃない。やむにやまれぬ事情があるなら刑を軽くすることもあるし、事と次第によっては罰を重くすることもある。お前は後者だ。さすがに、やりすぎた」
最初に通報があったのは、ずいぶん前のことだ。被害者の数は五十を超え、彼らの供述はほとんど一致している。白い着物の女に斬られたこと、彼女と面識がないこと。自分はただ、動物をいじめていただけだということ。
男は引き金に指をかけた。銃口はまっすぐ、少女の額を向いている。脅しや威嚇の意志はなかった。
「気持は分からんでもないが、受け入れろ。ここはそういう世界だ。いくらお前がそれらを守ろうとしたところで、お前に味方はいない」
「それでいい。味方がいないのは、昔から」
少女が刀を振り抜き、男が引き金を引いた。……いや、両者とも、それを実行するすんでのところで、動きを止めた。二人の間に、突然、金髪の女が割り込んできたからだ。
「リリナ・ショットランタ……!」
「どうどう、落ち着いてくださいね」
眉をひそめる少女と、歯ぎしりした男を、リリナは掌を向けて制する。男は拳銃を下ろさぬまま、忌々しげにリリナを睨み付ける。
「こんなところに何の用だ。お前の拠点ではないだろう、ここは」
「ここではなくて、彼女に用があるんです」
リリナはちらと少女に視線をやる。少女は戸惑い半分、警戒半分といった様子で、リリナの動向を注視している。刀は構えたままだ。
「で、どうですか? 衛兵さん、ここは私に免じて、銃を下ろしては」
男は舌打ちした。
「まったく遺憾だが……現状、お前は善良な市民だ。お前が仲裁役を買って出た以上、俺が出しゃばるわけにはいかん」
男は渋々銃を下ろした。
「その女をどうするつもりか知らんが……手綱はしっかり握っておけよ。次に何かあれば、お前も共犯だ。リリナ・ショットランタ」
「手厳しいですねえ。まあ、いいですよ。それで手を打ってくれるのなら」
不敵に笑うリリナを睨み付けて、男は踵を返した。その背中が見えなくなるまで見送ってから、リリナは背後に視線をやる。すると、少女はしゃがみこんでいた。何もない地面……いや、ついさっきまで、子犬が横たわっていた地面に向かって。それに気づいたリリナは、沈痛な面持ちに変わった。
「すみません。私がもう少し速ければ……」
「いい。私が来た時には、もう手遅れだったから」
少女は顔色一つ変えずに――少なくとも、リリナにはそう見えた――立ち上がる。
「それで、私に用って?」
「はい。あなたと会って、話しをしたいという方がいまして。一緒に来てほしいんです」
少女は訝しげにリリナを見つめる。ただのファンというわけではなさそうだが、彼女の浮かべる胡散臭い笑顔が、素直について行こうという気持ちを起こさせない。
「助けてくれたのはありがたい。でも、信用する根拠がない」
「ありゃ……そうですか。そうですよねえ」
困りましたねえ、とわざとらしく頭を抱えるリリナ。いちいち鼻につくが、悪意は感じられない。
「んー……じゃあ、どうしたら信じてくれます?」
「……」
しばし逡巡してから、少女はリリナの瞳を真っ直ぐに見据える。
「ひとつだけ、聞いておきたい。あなたは、この戦い、どう思ってるの?」
「……どうって、そりゃあ」
リリナは笑って、躊躇いなく言った。
「なくなればいいのにって、思いますよ」
少女は、リリナに従うことを決めた。
死後の世界と白の侍 天星とんぼ @shyneet
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。死後の世界と白の侍の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます