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渡された鍵できちんと施錠して、1人食堂に向かう。
まだギリギリ4限中なため、靴音が静かな廊下に響く。ここは教室のある棟じゃないからなおさら静かだ。
こんな状況って、物語の主人公だったりしたら、何かしらの遭遇フラグが立ったりするんだよな。
しかも相手は、生徒会とか風紀とか、ちょっと面倒なことが多かったり。
でもまぁ、俺は脇役腐男子だからな。そんなお約束展開なんてないない、ありえない。
なんせ俺は、ただ王道転入生が同じクラスに来たってだけで、特に何の個性もな──
「──うわっ」
「…ぃった!」
角で何かとぶつかった。
人だ。当たり前だけど。
なにこれ驚くくらいのテンプレ展開。
これで相手が生徒会だったりしたら、もう卒倒する。
今すぐここから逃げたい。こんな脇役腐男子らしからぬ状況はいらない。
100歩譲ってこういう展開にするにしても、今日はやめてくれ。
今日は、転入初日の大切な日だってのに。
「あおくん」
遭遇フラグを綺麗に摘んでしまったことへの後悔の念に駆られていた俺に、凛とした声が降ってくる。
この声は──
「あー桜花ちゃんか、よかったぁ」
「よかったぁ、じゃないよ。こんな時間にこんな人気のない場所を1人で歩いていたら危ないよ」
「その言葉、そっくりそのままお返ししたい」
「僕は大丈夫。風紀だからね」
自分よりも遥かに可愛らしい美少女…じゃない、男の娘に、外も明るい真っ昼間に校舎内を1人で歩いているだけで心配されるとは。なんだか男が廃る気がする。
だって、目の前にいるのは女の子。この学園にいるんだから、生物学的には男だとしても。どう見ても女の子。
ぶつかったこの少女…いや間違えた。少年の名前は、
抱きたいランキングでは、俺が知る限りでも2年連続でトップに君臨している、天照学園が誇る美少年。そして、学園の秩序を守る風紀委員会の副委員長様だ。王道設定に違わず、風紀委員長の忠実な右腕なのである。
だけど、小悪魔くんとかではない。なぜなら、学園での愛称は【女王様】。むしろ小悪魔だなんて次元ではない。
桜花ちゃんとは、ここに来る前にも少し縁があって、一緒に遊んだことがあった。
当時から、大きなくりっとした茶色い瞳に、甘栗色のショートボブ。
小学生の頃なので、声変わりもしていないのだから、女の子だと錯覚してもおかしくないだろ。
名前も桜花だぞ。可愛すぎかよ。
ほんともう、ここで再会してどれだけ驚いたことか…。
1年間の学園生活の中で、優しくて可愛いお淑やかな子だという第一印象は、かなり変わった。
もちろん、可愛いのは間違いない。優しいし気遣いも出来るし、立場上お淑やかな部分も持ち合わせている。
だがしかし。彼はそもそも風紀委員。その上副委員長だ。厳しいところはかなり厳しい。
普段にこにこ笑顔の人が、瞳に何も映さない無表情になると、それはそれは恐ろしい。
陽希が言うには、学園内で怒らせてはいけない人No. 1らしい。
俺が来た時にはすでに【女王様】と呼ばれていた。きっとこの愛称にはいろんな意味が含まれているのだろう。
俺の知らない桜花ちゃんがまだまだいるのだろう。…知りたいような、知りたくないような。
「あおくん、どこへ行くの?」
「食堂だ。先に行って、ベストポジションを死守しないといけねえんだよな」
まぁ、実際はそんなに焦らなくても大丈夫なのだが。
なぜなら、そもそも2階席を使える人が限られているから。
とはいえ、1階席に人が少ないうちに行ってしまいたい。
人が集まってからだと、周りの視線や歓声が大変なことになってしまう。
注目されるのが嫌なわけではないのだが。何というか、慣れないんだよなぁ。
初めは少し首を傾げていた桜花ちゃんだったが、何か合点がいったらしい。
そう言えば、と少し眉を寄せる。
「…ハルの馬鹿が昨日からうるさかったっけ」
おぉ…。いつものことだが、ほんと陽希には冷たいな桜花ちゃん。
長年の腐れ縁ならではの距離感みたいだから、気にはならないけれど。
「陽希のためにも自分のためにも、安全かつイベントが綺麗に見える場所をきちんと見極めないとな」
「一番安全なのはVIPルームなのに。ねぇ、僕と一緒にVIPルームに入らない?」
絶妙な角度で頭を傾け、そんな一言を投下する女王桜花様。
やべぇ。ちょっと今のやばかったぞ…。
ノンケの俺ですらやばいとか、マジで他の人にやればころっと一撃必殺だろ。
桜花ちゃんと個室に2人きりはちょっぴり魅力的ではある。でも、今日は…。今日だけは…!
「すんごい魅力的なお誘いだけど、今日だけは2階席でのイベント見学を優先させてもらうごめん桜花ちゃん…」
ああぁほんとごめん桜花ちゃん…!女王様のお誘いを断るとか、きっとそのうちバチが当たるだろう。
それでも俺には、腐男子としての使命がある。腐男子として、これだけは譲れないんだ。
桜花ちゃんは少し呆れたようにふふっと微笑む。
そんな表情ですら美しい。
…と、そろそろ本当に行かないと。
「いいよ。腐男子っていう種族は大変だね」
「褒め言葉として受け取っとく。そろそろ行くわ。またな」
「ばいばい。気をつけてね」
立ち話がかなり長引いてしまった。
名残惜しくも桜花ちゃんに手を振り別れる。
食堂のドアに手をかけたとき、4限終了のチャイムが鳴り響いた。
ギリギリセーフ。危ない危ない。
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