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 ナギはドアの前で振り返って、にこっと笑って手を振ってくれる。



「まぁ今日のお昼、陽希と一緒に食堂行くつもりやし、またその時にでも」

「あー、でも昼はうるさすぎてお喋りどころじゃないと思う」



 食堂イベントを舐めちゃいかんぜよ。

 うるさいってのも、比喩じゃない。確実に。

 真剣な顔でいう俺に、ナギはまた困ったように眉を下げる。



「あらまぁ。それはどうしよか…。まぁ、お喋りはまた日時変えてゆっくりと、かな」

「そうだな。まだまだみんな、各方面でバタバタしてるしな」



 写真部と漫画研究部の幽霊部員をしているだけで暇人な俺とは違い、委員会や親衛隊の役員など忙しくしているみんな。

 新入生が入ってきたばかりのタイミングなため、まだまだ落ち着く気配はなさそう。



「うん。またみんなでお茶会でもやりたいわぁ」

「なにそれ、楽しそう!」

「やろ? 落ち着いたらやりたいなぁ。…って、時間やば」



 ナギは慌てて時間を確認して、ドアの方へ駆けていく。

 確かに、そろそろ2限目が始まる頃だ。え、もうそんな時間か。

 1限目はサボっちゃってよかったんだろうか。良かったんだろうな。



「それじゃあね。ごゆっくり〜」



 ばいばーいと手を振って出ていくナギ。

 施錠される音が聞こえ、ふと、ナギもここの鍵を持っていることを知る。まぁ、1人でここにいたんだから当たり前だけど。


 あの鍵って、強い人たちに受け継がれるようなものなのだろうか?

 実際何個くらい存在するんだろう?

 ま、ナギと蓮が使っている時点で、ここに来ようという強者はほぼいないだろうけど。


 それにしても、みんなでお茶会とか、なんて素敵なワード。ぜひ実現させたい。



「あー、ここは平和だあ」



 雲ひとつない青空。朝イチでも思っていたけど、やっぱり素晴らしい撮影日和。


 教室から出たことで少しは気が晴れたが、戻れば斜め前にマリモがいるとなると、授業に集中できる気がしない。

 ホワイトボードを見ると黒いマリモ頭が目に入るってことだろ?

 何その拷問辛すぎる。



「なぁ」



 いつの間にか床に寝転んでいる蓮。

 蓮さん寝る気満々ですね。ま、そりゃそうか。教室でも寝る気満々で突っ伏してたもんな。

 俺は、そんな蓮の横に腰を落として、先を促す。


 ちらりと見た蓮の横顔は、少し引き攣っているようにも見える。

 開いた口から紡がれた言葉は、呆れたような口調。



「お前、あんなクソオタクを待ってたのか?」

「いやはや、そこ突っ込みますか」

「しかもアレを好きになれってか?」

「無理にとは言いません」

「ありえねえ」

「了解しました」



 そうだろうと思っていましたよ。期待はしていませんでした。

 とりあえず、副会長イベは無事に終了したらしいので、一匹狼くらいは許してもらおう。噛ませ犬の一匹狼に蓮はもったいないよ、うん。

 しかも俺自身、本物を目の前にすると、想像以上に萌えなかった。

 やっぱり、あのマリモに蓮ほどの男はもったいない。

 ただし、今すぐ変装を解いてくれるなら考え直そう。だって美少年なんだろ?


 スマホを開くと、腐男子グルの未読メッセージが3桁になっていた。

 どんだけ喋ってんだすごいな。勉強しろよ高校生、って人のこと言えないな。


 開いてスクロールすると、俺と蓮の話もちらほら確認できた。

 つまりはこのグルチャに入っているクラスメートがいるということ。

 まぁ、腐男子がいるのは知っている。間違いなくさっきもいた。しかも数人いるとみている。


 グルチャの内容を確認し終え、続いて陽希との個チャを開く。こっちも俺と蓮の話でいっぱいだった。

 グループに上げられていた、俺と蓮が睨み合っている写真を転載して、楽しそうに妄想まで披露してくれている。



「こいつ、マジで1発殴ってやりたい…」

「…クソオタクか?」



 さっきも言ってたけど、クソオタクって。さすがに少し不憫に思うぞ。

 確かにそんな見た目してるけどさ。せめてクソを取ってあげて欲しい。

 蓮って人の名前を全く覚えないから、変な呼び方しがちなんだよなぁ。



「新垣じゃない。陽希」

「腐男子か」



 陽希のことも、この呼び方だからな。さすがに名前知ってるだろうに。

 ちなみに、さっきいたナギのことは、きちんと『中邨』と呼ぶ。認めているってことなんだろう。



「そういえば王道転入生…今回みたいなアンチ系は、基本的に結構強い族潰しだったり、どっかの暴走族の姫だったりするんだけど」

「…んなの、漫画のことだろ?」

「まぁそりゃそうだけど。でもここまで大筋はその通りに来てるから、それなりに可能性はあるんではないかと」

「……………へぇ」



 あ、ちょっと興味持ったな。

 僅かに上がった口角を見て、内心ほくそ笑む。よし。このまま巻き込んでやろう。

 なんて考えていたら表情が緩んでいたらしい。

 ものすごい威圧的な目で睨まれたので、にっこりと微笑んでやった。


 脇役腐男子として、絶対に安全圏から王道イベント楽しんでやる!

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