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 教室前側のドアから入ってきたのは、我が2-Aが誇るキラキラホスト系担任教師、あずま弘明ひろあき先生。担当教科は数学。

 すらっとした背丈に甘いマスク。人当たりが良い系のホスト教師である先生は、生徒からの人気も高く、信頼も厚い。


 そう、そうだ。まるで自分を指名してくれたお客様をおもてなしするかのような優しい系ホストだったから、俺は油断してしまったんだきっと。

 これが薄い本でよく見るツンツンホストなら、王道かどうかを見誤ることなんて…。


 少し恨みがましく思いながら、東先生のカッコいいお顔を眺める。

 …いやぁ、本当にイケメンだよなぁ。

 学園出身だって言ってたし、昔の抱かれたいランキングを遡れば名前があるんじゃなかろうか。もしかしたら、抱きたいランキングにも。


 頬杖をつきながら、そんなどうでも良いことを考えていると、遂に時が来てしまった。



「今日はこのクラスに転入してきた仲間を紹介するよ。入っておいで、さくくん」



 東先生、転入生って本当にこのクラスなんですね…。

 陽希の情報がガセなことを祈っていたのに。遂に陽希が間違ったネタを持ってきたのではと思っていたのに。いや、そう思いたかったのに。

 ってか、マジで陽希はどこから情報を得てるんだ?

 まさか、クラスメート以上の繋がりが生徒会にあったりするのだろうか?

 え、それはアツいぞ。むしろぜひそうであって欲しい。後で陽希を問い詰めてみよう。


 それはさておき、やっぱりこれまで予習してきた物語の中の担任教師とはちょっと違うよな。優しい系ホスト教師の話なんて、俺は読んだことない。

 そして、名前呼びイベントは不発か。

 下の名前でくん付けは、東先生のいつも通りの呼び方だからな。


 そんな先生の呼び掛けに応じて、閉まっていた扉を豪快に開け放って入ってきたのは、さっき写真で見た王道転入生ことマリモ。正真正銘、黒いマリモ。

 瓶底メガネと前髪で、表情はほぼ見えない。

 唯一見える口元だけが、楽しそうに弧を描いている。なんだか異様な雰囲気を醸し出している。


 マリモは、先生が名前を書いてくれたホワイトボードの前に立って、一生懸命自己紹介を始めた。

 それはそれはもう、ザ・王道の自己紹介テンプレで。



新垣あらがきさくだ…じゃない、です! よろしくな! あ。よろしく、です!」



 マリモもとい、新垣朔くんの大きな自己紹介が、とんでもなく静かな教室内に響き渡る。


 それと同時に、俺は窓の外に視線を向ける。

 今ので確信した。

 この転入生は“アンチ”だ。

 本の中では基本的に、学園を荒し回る悪役のように描かれている、あの“アンチ王道転入生”だ。


 アンチ王道転入生の必須スキルと言えば、“人類みな友達理論”。目線が合えば、年齢役職関係なくもうみんな友達だよ!というスキルだ。

 そこまでの慈悲深い心は持ち合わせてない系女神なので、俺はその理論に組み込まれないようできる限り目を合わせないように努める。

 関わってしまったら俺の学園生活が崩壊してしまうかもしれない。


 前の席の蓮は完全に机に突っ伏している。

 こりゃ寝る気だな。まったく、蓮らしい。



「なあ先生! オレはどこに座ったら良いんだっ!?」



 さっき頑張ってた敬語はどこにやったんですか?

 ほんと詰めが甘いな…。まさに王道ではあるんだけども。


 マリモの声は、男にしては少し高い。そのためか、とてもよく通る。

 その事実は、変装の下は超絶美人説を裏付けている。

 学園のためにも、俺たち腐男子の萌えのためにも、できる限り早急に変装を解いていただきたいものだ。なんてったって、その王道マリモ姿、実際に見ると全く萌えないんだよ…。


 それにしても、“先生”と呼んでいるあたり、やはり名前呼びイベントは失敗。東先生は落ちなかったようだ。残念無念。

 まぁ、東先生が1人の生徒を贔屓するなんてこと考えられないけど。

 本当に東先生は、誰にでも分け隔てなく優しい人だからな。まさにホストの鑑。


 席を聞かれた東先生は、うーんと教室内に視線を巡らす。

 去年度よりもクラスの人数が少ないため、王道の特等席以外にも席はいくつか空いている。その理由は主に退学や転校。クラス替えは無いが、ごくごく稀にクラス落ちすることもあるらしい。怖い。


 東先生の目が、廊下側の最後尾の席に注がれる。

 お。これはもしかすると、巻き込まれ回避出来るかもしれないのでは。



「じゃあ、廊下側の一番うし──」

「先生。俺の隣ではどうでしょうか?」

「ん? あぁ、ありがとう、はやてくん。キミになら任せられるよ」



 自ら手を挙げてマリモの世話を買って出た生徒に、先生がにこりと微笑む。

 それだけで、うっとりとした視線を送るクラスメートのチワワくんたち。

 これ自体はいつも通りの光景だ。もはや微笑ましくも感じられるのだが、今はそれどころじゃない。


 嘘だろ、恨むぞ里中さとなかはやてくん。

 名前の通り、キミが爽やかでスポーツマンで、東先生のように誰にでも優しく気さくな優等生だということは、1年連れ添った俺たちクラスメートが保証する。

 だからといって、災いの種を近くに呼ぶ必要はないだろう?

 先生は廊下側に連れて行こうとしていたのに、なんでわざわざ近くに呼ぶんだよ!

 まぁ、いかにもノーマルっぽい里中くんは、そんなBLテンプレ展開なんて知らないだろうけどさ…。

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