6

「あのさ、蓮」



 小声でそう言い、ぐっと蓮に顔を寄せる。


 一応人気者の俺たちに対して、クラスメートたちは一定の距離は保っているが、かなり注目されているこの状況。

 あまり聞かれたくない話なので近づいてみたら、他方からたくさんの悲鳴とも歓声とも言えない声が聞こえた。

 逆にうるさくしてしまった。蓮の眉間に皺が寄る。



「蓮さん、どうどう」

「……用がないなら出るぞ」

「そんな冷たいこと言うなって。1つお願い聞いてほしいだけだから」

「……」



 低血圧で機嫌の悪い蓮の顔が、どんどん険しくなっていく。

 この人、朝にはとにかく弱いので、時間がかかればかかるほどこっちが不利だ。

 意を決して、顔の前で手を合わせてお願いのポーズを作る。



「どうか、王道の取り巻きの1人にな──」

「──却下」

「そこをなんとか…っ!」

「──無理」

「初めだ──」

「──有り得ねぇ」



 心の折れる音が聞こえました。


 蓮さん…。キミが王道転入生の取り巻きになってくれなかったら、王道的展開にならないじゃないか…。

 お願いだから、初めだけでいいから、王道転入生に気がある素振りをしてくださいよ、蓮さん…。


 泣きそうな俺に対して、蓮は面倒そうな顔で告げる。



「それだけか?」

「これがとても大切なお話なんですが」

「お前の趣味に付き合う気はない」

「ここまで来ると、もうすでに俺だけの問題ではないのです」

「お前ら腐男子の趣味の肥やしになる気はない」

「おおう、バッサリ振られた…」



 もうだめだ立ち直れない。


 蓮さん、いつにも増して機嫌がお悪い。周りの視線か、それとも周りの声か。はたまた両方か。

 そんなことはどうでもいい。これはもうどうしたらいいんだ。

 そもそもなんで俺は蓮と友好を深めてしまったんだ。うちに転入してくる可能性は十分に秘めているクラスだったじゃないか。いやでも、去年度に関してはルームメイトだったから仕方がないか…。


 蓮もとい一匹狼に、スポーツマンの爽やかくん。2人の間には、おあつらえ向きの空席がある。

 そして担任も、ホスト教師と呼べなくはない。タイプは全く違うけど。

 なんだろう。こうしてよくよく考えたら、むしろ初めからこのクラスで確定だったのでは…。



「ああぁぁ…。俺としたことがあぁ…」



 なんてことだ。

 王道展開を秘めているクラスにいたにもかかわらず、阻害するようなことをしてしまった。

 これでは腐男子失格と言われても受け入れるしかない。

 全国の腐女子&腐男子の皆様。どうかお許しを…。

 まずは、幼馴染みの腐女子と貴腐人である母に、謝罪メッセージを送らなければ。


 頭を抱えている俺に、蓮の見下すかのような視線が突き刺さる。

 ちなみにクラスメートたちは、こそこそと「痴話喧嘩してらっしゃる」みたいなことを言っている。

 ちょっとよく見て。痴話喧嘩じゃないから。俺が一方的に振られてるんですよ。俺が可哀想なんですよ…。



「用がそれだけならもう行くぞ」

「ああぁ蓮さんお願いしますせめてここにいてください…」



 今にも立ち上がりそうだった蓮。俺は最後の抵抗として、蓮の右腕を掴む。

 どうにかして蓮をこの場に留めないと。

 しがみつく俺を蓮は煩わしそうに見下ろしてくる。

 その目、やめろし。



「…めんどくせぇ」

「れんさあん…」

「ちっ…」



 舌打ちされたって諦めないぞ。

 なんせ、王道転入生の席は一匹狼と爽やかくんの隣と決まっている。そう、それはつまり蓮の隣ということ。そして、俺の右斜め前。

 これは蓮がいないと、俺に火の粉が飛んでくる可能性が高まる。

 いやまぁ蓮がいても相手にするとは思えないから、関係ないかもしれないけど。



「……」

「……」



 しばらくの間、俺と蓮の睨み合いが続く。

 それを生唾を飲み込みながら見つめる、周りのクラスメートたち。

 ざわざわといろんな話が聞こえてくる。



「…見つめ合ってる。見つめ合っちゃってるよお…!」

「あぁ蓮様かっこいい…!」

「《女神様》、涙目で腕掴むとか、もう最高かよ…っ!」

「蓮様に視線向けてもらえるだなんて、やっぱり《女神様》は蓮様の特別なんだろうな…。羨ましい…」

「俺も《女神様》に見つめられたい…」

「もおそのままキスしろ! チューして押し倒せ城ヶ崎!」

「一匹狼クンが、王道マリモが来る前に《女神様》とこんなコトになるとは…! これはグルチャ案件ヤバみだわ!」

「2-AイチのCPが遂にやってくれた!」

「今月も売り上げ好調そうだな!」

「おう! あ、部長にも連絡しなきゃ!!」



 なんか最後の方違う。

 写真部と腐男子くん、俺で妄想するのはやめてくれ。

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