六話 完了。そして、過去。



 優太はリビングを出た。



「みゃあ‼」



 ドブが迷惑そうに鳴いていた。そんなドブに『もっと遊ぼうよ』とでも言いたげに体毛を掴む運動靴の付喪神とドブの尻尾を握る手袋の付喪神の姿があった。



「みゃあッ‼」



 ドブは離れたがっている。付喪神からすれば『お前が誘ったんだぞ。もっと遊べよ』という心境なのだろうがドブは『飽きた』のだろう。猫は満足したら興味を失くす。妖怪すら振り回すデブ猫のドブ、恐るべし。



「えっと……僕達は帰ります。ドブが離れたらさっきみたいに靴箱や手すりも綺麗にして付喪神と仲良くなってください。危険はありません」

「はい。わかりました」



 季春に告げたのとほぼ同時に、



「みゃ⁉ みゃあ! みゃあ!」



 ドブが優太に近寄って甘えてくる。普段は食事の時にしか甘えてこないのに、面倒になればこれである。全く都合がいいというか、勝手というか。



「満足した?」

「みゃあ!」



 ドブが優太の肩に飛び乗った。



「あのさ、重た――」

「みゃあ!」



 唇にテイルアタックを受けて、黙らされる。飛び乗っておいてこれだ。いかにも猫らしくて、我儘だ。こういうところが嫌いになれないのがいつも悔しい。



「ドブと遊んでくれてありがとうございました」



 ドブに構わず運動靴と手袋に礼を告げたが、そっぽを向かれてしまう。できることなら仲良くしたかったが栗原一家に対応を任せよう。運動靴と手袋の付喪神も、本質的には穏和なので問題ない。



「この度はありがとうございました」

「みゃあ」

「こちらこそ、ありがとうございました。麻衣ちゃんも来てくれてありがとう。またいつでも遊びにおいで」

「みゃあ」

「はい。ありがとうございます」

「みゃあ」

「麻衣ちゃん今度遊びに行こうよッ! 映画見に行こッ!」

「みゃあ」

「いいよ。今度の日曜日にでも行く?」

「みゃあ」

「わぁいッ!」



 今日もドブはしっかりとうるさい。それもいつも通りである。



「最後になりますが、基本的に自分から妖怪には近づかないでくださいね。今回は例外です。あと、季春さんは例の霊能力者から連絡が入るかもしれません。除霊は断ってください。除霊なら麻衣ちゃんに連絡するのが一番だと思います」

「私が駄目な時はユウを向かわせます」

「え? ……いや、それは――」



 麻衣の代役は自分には荷が重すぎる。



「わかりました。何からなにまでありがとうございます」

「次は麻衣ちゃんか織成さんに連絡しますねッ!」

「みゃあ」

「…………わかりました。僕で対処できる内容ならその時は喜んで」

「千早。またね。それと、帰る前にユウと話したら?」



 そうだ。優太に心当たりはないが千早は優太に礼を言いたいらしいのだ。



「ユウ、私は先に外に出てるから」

「みゃあ」

「私も主人に電話をしてきますね」



 麻衣がドブを抱えて玄関を出る。季春もリビングに戻る。優太と千早は二人きりで向かい合うことになった。



「そんなにお時間を取らせるつもりはありません。ただ、お礼を言いたくて」

「あの、失礼に当たるかもしれませんが心当たりがなくて」

「そうだと思います」

「どういうことですか? 言いにくいことなら無理には聞きませんが」

「…………いえ、実は織成さんは私のおばあちゃんの命の恩人なんです」



 千早は懐かしむように笑った。



「名前は奥川梅子って言います。行方がわからなくなって、お母さんと叔母さんが警察とかにも相談したんですけど見つからなくて、たまたま叔母さんが霊能力者を知ってるって話になって、それが織成さんだったみたいで」

「そうでしたか」



 優太は返答に困った。その件は覚えている。なにせドブに憑依して初めて完遂した依頼だったからだ。しかし、奥川梅子が千早の祖母である確証なしにプライベートな情報を明かすわけにはいかない。それに……。



「おばあちゃんは去年亡くなりました。ただ、織成さんにはいつかお礼を言いたいって思ってたんです」

「なるほど」

「お母さんに聞きました。おばあちゃん自分の家がわからなくなりはじめてたんだって。それで織成さんが見つけてくれてからは施設で暮らすことになったんですがたまに楽しそうに話してくれました。言葉を話せる猫とお喋りをして連れて帰ってもらったんだって。すごい冒険をしたみたいに、嬉しそうに話してくれました。そのことはずっと覚えてたみたいで。おばあちゃん猫が大好きだったから」



 奥川梅子の記憶にドブに憑依した自分が色濃く残ったということだろう。それが彼女の幸せ少しでも役立ったなら嬉しい。



「そうでしたか」



 実は奥川梅子の訃報は連絡があったので把握していた。千早の言う通りならば、千早の叔母が元依頼人ということになる。道理で優太は栗原家に覚えがないのに、千早は優太を知っていたわけだ。そして、麻衣の友人がその千早なのだから、世間は狭い。



「麻衣ちゃんからたまたま織成さんの話を聞いた時に、おばあちゃんを見つけてくれた霊能力者だと思ったので直接お礼を言いたかったんです。おばあちゃんを見つけてくれてありがとうございました」


「すいません。僕としては、その奥川梅子さんを見つけたのが僕かどうかというのは申し上げられません。ただ、僕がその霊能力者だったとしたら千早さんから感謝されることを嬉しく思うと思います」


「十分です。ありがとうございます」


「そういえば僕からも一つだけ言わせてもらっていいですか。栗原さんみたいに優しくて素敵な人が麻衣ちゃんの友達でいてくれることが嬉しいです」


「へ? あ、え……えっと、麻衣ちゃんには聞いてましたけど、織成さんて優しいですね!」



 千早が微笑み、優太も笑みを返した。



「良かったら今度麻衣ちゃんと一緒に遊びに行きましょうよッ!」

「……そ、そうですね。ありがとうございます」



 女子中学生の友達同士に、成人男性が混ざるのは危うい気がするが、頷いておく。



「麻衣ちゃんを待たせてるので今日はこれで帰りますね。ありがとうございました」

「いえ、こちらこそありがとうございましたッ!」



 千早に笑顔で見送られながら、優太は栗原家を後にした。





「ごめん。お待たせ」

「みゃあ」



 優太は織成家の車に乗り込んだ。麻衣がドブを膝に載せてその頭部を撫でており、その隣に腰掛ける。



「出発致します」



 運転手が車を走らせる。優太は千早と話した内容を思い返していた。確かドブと出会って間もないころなのでおよそ三年前くらいだろうか。



「何の話だったの?」



 思案中の優太に麻衣が尋ねる。



「栗原さんが言うには僕が、行方不明になりかけた彼女の祖母を見つけたんだって」

「そんなことがあったの?」

「あるとすればドブに憑依して見つけたのかもしれない」

「みゃあ」



 麻衣は同業者だが、過去に優太が受けた仕事の内容に関して話すべきではない。ここまで言えば察してくれるだろうが。


 麻衣がほっと息を付く。



「ごめん。なんか心配させたかな?」

「ユ、ユウの心配はしてない! ただ、千早って可愛いからユウが手を出さないか心配しただけよ」

「いや、さすがにそこは信用してほしいな」



 中学生の、しかも麻衣の友達に手を出すような人間だとは思われたくない。



「でも、すごいわね。人探しなんて普通の霊能力者には無理だからね」

「ドブのおかげだよ」

「みゃあ」



 ドブが思い出したように欠伸をして麻衣の膝から立ち上がる。こうして見ると寝ぼけたデブ猫にしか見えないが、大した猫又である。その嗅覚と聴覚にこれまでどれほど優太が助けられてきたか。



「みゃあ」



 ドブは珍しく麻衣の膝に飽きたようで前方座席の隙間を縫って助手席に移動した。そして、運転手に向かってアピールを開始した。



「みゃあ。みゃあ。みゃあ」

「こら、ドブ。運転してる人に悪さしないの」

「みゃあ。みゃあ。みゃあ」



 どうやら運転手の女性をかなり気に入ったらしい。しかし、例えばハンドルを握った腕に体当たりでもするようなことになれば大事故になりかねない。



「ドブ、戻ってこい」

「みゃあ。みゃあ。みゃあ」

「今回ばかりは駄目だよ」



 優太は両手で印を結び、憑依の術式を展開した。途端に切り替わる視界。丁度、車が停止して、運転手と目が合った。



『すいません。後部座席に移動しますので』

「私は構いませんが…………それにしてもすごいですね」

『なにがですか?』



 優太は念話での応対をしつつ、ドブの顔で首を傾げた。



「実際に使用している姿を見るとさすがに驚きます。私の知る限り憑依をまともに扱える霊能力者はあなただけです」

『それは、ありがとうございます』



 運転手が優太(ドブ)を食い入るように見ている。



『あの、他になにか?』

「いえ、申し訳ありません。私は麻衣様の護衛であり運転手なので織成様にこのようなことを尋ねるつもりはなかったのですが、実際に憑依を目の当たりにしますとどうも興味が湧いてくるといいますか……差し支えなければなのですがどういった経緯で憑依が使用できるようになったのか後学のために教えていただけないでしょうか?」



 かなり意外な質問ではあった。護衛中のようだが、霊能力者としての知的好奇心が強いのかもしれない。優太は隠しているわけでもないが言いふらしているわけでもない。



『麻衣ちゃんから話してもよかったのに』

「ユウの話を本人の許可なく私が言いふらすのは駄目でしょう?」

『なるほど。麻衣ちゃんはそういう性格だったね』



 しかし、具体的なキッカケと言われると難しい。ドブが優太の憑依を受け入れてくれる心当たりとなると、おそらくなのだがそれは優太とドブの出会いにまで遡る――。










あとがき

いつも自作をお読みくださりありがとうございます。本話で六章―穏和の付喪神―は終了となります。僕の構想としては『餓鬼憑き⇒狐憑』の時のように一繋がりの物語として公開したかったのですがそうはいかず。次章は優太とドブの過去編になりますが完成とは程遠いためしばらくお時間をいただきます。今後とも少しでも楽しんでいただけるような作品にしたいと考えております。次章の公開予定等が確定しましたら近況ノートにて報告させていただきます。今回も自作をお読み下さりありがとうございました。

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半人前霊能力者とデブ猫のドブ――妖怪大全集現代考察編―― 山中一博 @ymnkkzhr

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