五話 温和の付喪神
(どっかの馬鹿がやらかしやがった)
意図せず歯軋りしてしまう。
「ユウ。顔恐い」
「……ごめん」
麻衣の指摘に感謝する。優太は怒りを覚えていた。しかし、栗原家に責任はない。
「一つ教えて欲しいのですが……」
「はい。なんでしょうか?」
「僕の前に霊能力者がこの家に来ましたか?」
「……え? そうなの? お母さん」
千早も知らなかったらしい。
「はい。実は、知り合いの家で怪奇現象が起きていてそれを霊能力者が解決したと聞きまして。その当時、うちでトラブルが起きていたわけではないのですが千早は今年受験ですし予防を兼ねて試しに霊能力者の方に来ていただこうと考えていました。主人が取引先の社長と偶然そういう話になって、知り合いの霊能力者を紹介してもらったのです。主人も普段からお世話になっている方ですから断るわけにもいかず」
「その霊能力者が来てから、むしろおかしなことが起きたわけですか?」
「はい」
「おそらくその霊能力者が原因です。ああ……やっぱり。これを見てください」
優太はテレビの裏側に張ってあるぼろぼろの霊符を指差した。
「これは弱い妖怪を近寄らせない小規模の結界を作るための霊符です。おそらくこの霊符が家の中に複数枚張ってあるはずです」
「これが原因で付喪神が怒ってるんですか?」
「はい。この家に付喪神が元々いたのか、霊能力者が引き連れたのかはわかりませんが、付喪神を挑発するような構造式になっています。あえて怒りを買ってトラブルを招いて『やはりこうなりましたか。対策しててよかった』などと言って除霊を引き受けて除霊料を請求することを目論んでいたんだと思います。ご主人や季春さんに霊能力者からなにか連絡が来てませんか?」
「いえ……きていません。ですが、その……今の話からすると自作自演というか、そういうやり方で主人や私を騙そうとしたということですか?」
「断定はできませんが……おそらく。お知り合いの社長がグルなのかどうかはわかりません。その方も騙されたかもしれません」
自ら火種を作って霊能力者として鎮火する。詐欺まがいの悪徳手法である。そういう霊能力者を優太は心底憎悪する。
(こんなことするなら霊能力者になるなよ)
心から気に入らない。霊能力者として生計を立てるのが難しくて行為に及んだのかもしれないが自分の無能を他人に押し付けるなと思う。そんなことをしなければ霊能力者でいられないなら今すぐ辞めてしまえ。優太は奥歯を噛み締めて、その怒りを胸の中に押しとどめた。
「……その、今後の参考にしてもらえればと思うんですが、実は霊能業界でもこういう被害が出ないように対策を講じています。例えば屈指の実力者でもある御霊院家が自前のホームページで実力の伴う霊能力者を取りまとめています」
四大名家の一角である御霊院家は霊能力者を免許制にするという動きを推進しており霊能業界のトラブルの芽を摘もうともしており、メディアでの露出も高い。優太はそのスタンスを支持している人間の一人である。
「そうなんですね」
「はい。良かったらホームページをご覧になってください。今回の対応についてですが取り急ぎこちらの霊符を探してもらえますか? 普通に剥がせます」
テレビの裏に張り付けてあった霊符を引き剥がす。麻衣と千早にも協力してもらい、間もなく全ての霊符を引き剥がした。
「合計で六枚か」
「そうね。これだけ霊符を張ってあったなら付喪神の件も説明がつく」
「では、これで除霊が終わったのでしょうか?」
季春が心配そうに尋ねる。茶碗と電池と花瓶の付喪神の様子に変化はない。
「いえ、これからが本番です。付喪神と仲良くなりましょう」
「え、仲良くですか?」
季春が目を丸くした。千早も似た顔をしている。麻衣が小さく微笑んだ。
「元々危険な妖怪じゃないの。むしろ、協力してくれることもある。難しいことをするわけでもないから」
「そうなの? 具体的になにをすればいいの?」
千早も不思議がっている。妖怪と仲良くなろうというのだから当然の反応だ。
「では僕から説明します。テレビと炊飯器と電灯を磨いてください。汚れを拭き取るだけで結構です。埃を取り去って、コンセントも拭いて、感謝の気持ちを持って接しましょう。形式は問いません。両手を合わせてお礼を言うとかでもいいです」
「私と千早がすることは……それだけで、いいんですか?」
「はい。早速取り掛かりましょう」
まず炊飯器から。近寄ると、伏せっていたお茶碗が炊飯器から降りる。折れた割り箸が側面から生えている。左右は非対称のようで尺の違う両腕のように見える。
手始めに、季春に内釜や蓋を取り出して洗浄してもらう。千早には内部を清潔なふきんで磨いてもらい、コンセントも軽く拭き取ってもらう。元々汚れていたわけでもないが作業完了した二人に手を合わせてもらい、感謝を述べてもらう。
「いつも美味しいご飯ありがとうございます。付喪神様ッ!」
「普段忘れがちですが、ボタン一つでお米が炊けるというのはとても便利で助かっています。ありがとうございます」
それぞれ千早、季春である。
手を合わせて拝む二人を前に、茶碗の口縁が軽く持ち上がった。二人を様子見して、その真意を見定めているのだ。物を粗雑に扱う人間がその場限りの感謝をしても意味がない。しかし、二人がそうではないのなら…………。
『…………』
十秒ほどの静寂から、伏せっていた茶碗付喪神が突如身を翻して跳躍。炊飯器の上に畳付からしっかり着地した。
『……♪』
うつ伏せから上方に跳躍して身を翻して着地するという体操選手もびっくりな、愛らしい挙動である。そして、踊るように体を揺らす。
「これで炊飯器は大丈夫ですよ」
「そうなんですか? まだ炊飯器の上にいらっしゃいますよ?」
疑問を呈したのは季春。
「はい。ですが、大丈夫です。付喪神に取り憑かれること自体は決して悪いことではないんです。非協力的になることもあれば長持ちするように協力もしてくれることもあります。不具合が怒る状況は改善されたはずです」
「わかりました…………ですが、本当これだけでいいんですか?」
「はい。見てください。心なしか上機嫌に見えるでしょう?」
付喪神が陽気にカタカタ揺れている。念話が通じない妖怪もおり付喪神はそれに当て嵌まるが居心地は良さそうだ。
『……♪』
「言われてみれば、確かに」
茶碗が今度はぴょこぴょこと跳ねる。付喪神は穏和な性格であり、善良な人間には人懐こい。
「遊んでほしいのかもしれません。手を伸ばしてみてください。危険はありません」
「……よろしいんですか?」
「はい」
季春がおそるおそる付喪神に触れると、猫が甘えるように、その指先に縁を擦り付ける。そして両腕代わりの割り箸で季春の指先を掴む。それは握手のようにも見えた。
「季春さんのことを気に入ったみたいですね」
「そうなんですか? でも、なんだが……嬉しいですね。それに可愛いらしく見えてきました」
「私も触ってみたい!」
千早も手を伸ばすと、付喪神は二人の掌を行き来しながら跳び跳ねて順番に縁を擦りつける。まるで、遊びたがる子供のようだ。
「除霊といってもいろいろあります。妖怪を消滅させたり追い払ったりすることだけが除霊じゃない。心が通じ合えば共存することもできる。霊能力者の仕事って本来はそうあるべきで、僕はそういう除霊の方が好きなんです」
優太は笑いながら言った。霊能力者は実力主義だがそれが全てではない。妖怪もそれに関わる全ての人の幸せに寄与したい。ずっとそれを念頭に置きながら霊能力者を続けてきた。
「そうなんですね。主人には悪いですが最初から織成さんに来てもらえばよかったですね」
「それ思った!」
季春がイタズラっぽく笑い、千早が同調する。ありがたい言葉である。依頼人を笑顔にできてなかおつ仕事を認めてもらえたり褒めてもらえたりするのはやはり嬉しい。
「ありがとうございます。そう言ってもらえて、なによりです」
気持ちが高揚した優太だったが傍から無言の圧力に気づく。電池と花瓶の付喪神である。電池は細い両腕を使って体を前後に振って目一杯のアピール。花瓶はその場でゴロゴロと転がり始めて駄々をこねる赤子のような有様だ。そんな姿を見せられると、どうにも憎めない。
「えっと…………どうやら、電池と花瓶の付喪神もお二人に興味があるみたいです。それぞれ磨いてあげて感謝を述べてあげてください」
「わかりました」
季春と千早が笑顔で作業に向かう。付喪神もそわそわしながらそんな二人を様子見している。室内の付喪神は大丈夫そうだ。
(そういえば、ドブが遊んでる運動靴と手袋の付喪神はどうなったかな?)
そんなことを考えながら、優太はテレビと電灯の手入れを手伝った。
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