エピローグ

 温かく、柔らかい布団の感触。陽の香りがし、鳥のさえずりが聞こえてくる。

 私が微睡みに抗って目を開くと、最初に飛び込んできたのは見覚えのある天井。どうやらここは、響子の自宅のようだ。

 そしてそんな私の隣には、裸で一緒に寝ている響子がいた。ベッド近くのテーブルに置いてあるグラスの氷が、溶けて音が鳴る。

 壁のカレンダーに視線を向けると、今日の日付は十月一日になっていた。時間が巻き戻ったとでもいうのだろうか。約半月、過去に戻っている。


「響子が……生きている? それに日付が違う。じゃあ、さっきまでのことは夢?」


 いや、思えば、コックリさんの呪いに関わるチェーンメール事件の全部が夢だったのではないかと、私は思う。しかし、すぐに頭を振って、それを否定する。

 私自身の手で響子の頭蓋骨を砕き、殺した感触は、確かなものとなって身のうちに染みついていた。

 半身を起こす。頭にある記憶を思い出し、ゆっくり身体の状態を確認していく。上腕骨と肋骨、いずれも正常。視力、聴力、嗅覚にも、問題はないようだ。

 暴徒達と戦って負った全身の打撲や、右目の視力低下も綺麗になくなっている。あの呪いの担い手が、すべて治してくれたようで、サービスの良さに苦笑する。


「まったく、祟り神だっていう割に、えらく気が利くじゃないか」


 私は一人、ベッドから起きあがって、窓を開けた。外を見ると、そこには朝日を浴びて美しいM市の街並みが広がっている。

 暴徒達で溢れ、壊された街や傷ついた人々の姿はそこにはなかった。全部がなかったことになったかのように、見える景色は以前同様のものだ。

 確かにあの時の契約で、同じ事件が再び繰り返されることはもうないのだろう。しかし、これで完全に平和が戻った訳じゃないと、私だけが知っている。

 夢心地の中で見た、黒猫の化身の言葉を一言一句、正しく思い出す。

 一年。私はあの鼻持ちならないあいつに、それだけの猶予が与えられたのだ。それまでに皆が救われた奇跡を維持する手段を見つけられなければ、すべては元通り。

 響子も父もいない、あの最悪で希望のない世界に、私は引き戻される。それだけは、絶対にごめんだ。


「父や由奈ちゃん達も、きっと生き返っているはず。だけど、真相を覚えているのは、きっと私だけなんだろうな……。なら、やっぱり私が頑張るしかないか」


 そう呟き、私は決意する。この一年の間に、やり遂げなくてはならないと。それが出来るのは、恐らくこの世界で唯一、あの記憶を引き継ぐ私だけなのだから。


「恵ちゃん」


 背後からの声に、振り返る。そこには響子が優しげな顔で微笑み、ベッドから下りようとしている所だった。

 そんな生きている彼女の姿を見て、私に安堵が広がり、涙が込み上げてくる。自分の過ちで殺してしまった彼女が生き返ったという、実感。

 それがようやく湧いてきたのだ。取り返しのつかない間違いをしたことを謝りたくて、私は無我夢中で走り寄り、彼女を力一杯抱きしめた。


「すまない、すまない、響子っ。私は君に酷いことをしてしまったんだ……。きっと君はそのことを覚えてないだろうけど、それでも私は……謝りたいっ」


 その行為に、響子は戸惑う表情を見せたものの、いつも以上に私を抱き返して、嬉しそうに言ってくる。


「……お帰りなさい、恵ちゃん。きっとどこか遠くに行ってたんでしょう? 探偵としての……ううん、ただの女の勘だけど、私には分かるわ」


 顔を上げると、響子も涙を湛えていた。最愛のパートナーである彼女は、言わずとも私の胸中を察したのだろうか。響子も涙を零しながら、最高の笑顔を作った。

 そんな彼女に対し、私は答える。精一杯の笑顔を浮かべて。


「ああ、ただいま、響子。今日から忙しい日になりそうだよ。何たって、私は皆を救わないといけないからな」


 それだけで意思が通じ合える。私達の間では、それで充分だった。


(血の雨ときどき、怪異~美少女探偵の私は、腕っぷしの強さで呪いの連鎖パニックを乗り切る~、完)

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血の雨ときどき、怪異~美少女探偵の私は、腕っぷしの強さで呪いの連鎖パニックを乗り切る~ 斉藤タミヤ @saitotamiya

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