滝澤拓史の第二の人生

宇部 松清

第1話 滝澤拓史、始動

 定年を迎えたら第二の人生を――、なんて周りは無責任なことを言う。


 いまこの日本で、第二の人生を新たな気持ちでスタート出来る人間なんてどれくらいいるのだろう。


 もし私に、共に連れ添う伴侶がいたなら。

 あるいは、老後を悠々と暮らせるだけの蓄えがあったなら。

 いや、そこまではなくとも、せめて、年金が支給されるまでのこの数年をのんびりと過ごせる程度の貯金があったなら。


 結局のところ、定年を迎え、長年働きアリも真っ青なほど朝から晩まで尽くしてきた会社から追い出されてしまうと、そりゃあ数ヶ月程度は何もせずにいられるものの、いつまでもそうしていられるわけでもない。その数ヶ月にしたって、新たな奉公先を見つけるための期間になってしまう。



 ――などという話を、年の離れた兄から聞いていた私は、彼と同じ轍は踏まん、ともう何年も前から準備を進めてきた。それが、これである。


 見よ、この美しい流線型のフォルム! そして、目も眩まんばかりに磨きあげられたパールダイヤモンドホワイトのボディ!


 愛車である。

 いや、相棒と言っても良い。


 申し遅れたが私の名前は『滝澤たきざわ拓史たくし』。

 私、滝澤と愛車ホワイトドルフィン号(命名・滝澤)は、本日初仕事なのである。


 ――え? 何の、って?


 個人タクシーだ。

 拓史たくしの名を持つ私が、まさかタクシードライバーになるとは名付けてくれた母も予想していなかっただろう。拓史という名前のタクシードライバーなんて、ある意味掴みはばっちりである。ありがとう、母さん。


 というわけで、この日のために密かに二種免許も取得していた私は、定年を迎えるや否や、鼻唄混じりに軽快なステップを踏み――つまりは勇み足で個人タクシードライバーへと転身したのである。

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