第7話 滝澤拓史、躍動

「いらっしゃいませ、どちらまで」

「トッポラ島へ向かってくれ」

「かしこまりました」


 あれからどれくらい経っただろう。

 私は来る日も来る日もこの雲の海の上を走っている。


 あの日、あの美女が説明してくれたところによると、どうやらこの雲海は本当に生き物が普通に歩けるようなものではないらしく、彼女が装着していた水蜘蛛や、手漕ぎのボートなどを使用しなくては沈んでしまうのだとか。落ちればどうなるか。数千メートル下の地面に激突しておしまいである。


 水蜘蛛(本当はそんな名前じゃないらしい)や手漕ぎボートでは長距離の移動は厳しく、また、翼のある大型の生物に引っ張ってもらおうにもそこまで躾けるのは素人には難しい。そこで例の金髪美女が目を付けたのが我が愛車WDホワイトドルフィン号だったというわけだ。私はその操縦士としての抜擢のようである。


 普通乗用車が何をどうしたら雲の上を走れるのかは全く謎だが、それを言うなら、いくら水蜘蛛を装着したところで人が雲の上を歩けるわけなんてないし、ボートにしても同様である。とにかく、ここは異世界らしいので、きっと不思議な力が働いているのだろう。


 しかし、見渡す限り真っ白な雲ばかりで道という道もなく、目的地は聞いたこともないような島(というか、山頂が雲を突き抜けているだけなのだが、ここに住む者達はそれを『島』と呼んでいる)である。何を頼りに運転しているのか、と思われたかもしれないが、心配には及ばない。


 カーナビである。

 まさか異世界でも通用するとは思わなかったが、美女曰く、このWD号のチートスキルの一つらしい。だから、文字通り『右も左もわからない』この異世界でもタクシードライバーとしてやっていけるのだ。


 我がWD号のチートスキルは、もちろんそれだけではない。


 ガソリン不要なのである。では何を動力にしているか、という点が気になるわけだが、この世界の大気に満ちている何とかっていう成分がそのまま動力になっているのだとか。

 情けない話だが、この滝澤、ファンタジー小説は全くの専門外なため、いくらそこにアオハル的な甘酸っぱい恋愛委要素が絡んでいても、どうにも苦手なのである。だから、昨今の流行である異世界転生/転移というのも嗜んですらおらず、あの美女からも「いまどき異世界モノを知らない人間とかいるの?」と呆れられる始末。


 どうやらこのWD号は何人たりとも傷つけられないほどに頑丈であり(加護がどうとか言っていたが皆目わからぬ)、その操縦者である私、滝澤についても、車内にいる分には安全らしい。乗客がいきなりナイフを突きつけて来ても大丈夫なんだとか。ただし、この外に出てしまうとその限りではない――というか、普通に雲の下へ真っ逆さまなので、そういう意味でも全く大丈夫ではないわけだが。

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