第6話 滝澤拓史、異動
目が覚めると、私は見知らぬ場所にいた。
慌てて後部座席を確認してみたが、先ほどまでトーストを食んでいたJKがいない。窓ガラスは割れていないので車外に放り出されたわけでもなさそうなのだが。
それに、目の間にあるはずの鬼塚家の塀もないのである。その代わりに、眼前に広がるのは雲海だった。その名の通り、海のように広がる真っ白い雲である。その上に我が
車から降りてみようか、とも考えたが、もしこれが雲ならばそのまま下に落ちてしまうかもしれない。だとしたらなぜWD号は浮かんでいるのか、という疑問もわくものだが、そこはほら、海の上に小舟が浮かぶ感じというか。
とにもかくにも。
一歩も動けないのである。
と。
その見渡す限りの雲の海の上を、すいすいと滑るように歩いて来る人影が見えた。何だ、歩いても良かったのか、と気を抜く滝澤ではない。もしかしたらその人は水蜘蛛を履いているのかもしれないからだ。ちなみに『水蜘蛛』というのは、忍者が水の上を渡る際に装着するかんじきのようなものである。
優雅にすいすいとやって来たのは見目麗しい女人だった。
いかにも天の上に住んでます、というイメージ通りの白くてひらひらしたドレスをまとった金髪美女である。その金髪美女が、私、滝澤の座る運転席側の窓ガラスをコンコン、とノックしたのだ。慌てて窓を開け、カラカラにかさついた声を出す。
「お、降りた方がよろし、よろしゅございましし?!」
明らかに数回噛んでしまったが、「それには及ばぬ」と返されてしまった。日本語通じるのかよ。
「滝澤拓史よ、よくぞ参った」
女神、あるいは天女は、運転席を覗き込む姿勢のままそう言った。ついうっかり「レギュラー、満タンで」と言いそうになる。
「え、えっと。はい、ええと?」
「ウェルカムトゥー異世界」
「うぇ、うぇるかむとぅ異世界?」
えっ、何でいきなり英語になったんだ。
「いかにも」
いや、そこはオフコースとかじゃないんだ!
「あの、どうして異世界に……?」
まぁ恐らく本当のところは衝突事故のせいで意識不明の重体になっていて、身体の方は色んな機械に繋がれているとかなのだろう。それでこれは、私が見ている夢、というか。だけれどもせっかくなので乗ってみることにする。
するとその美女は言うのである。
「ここで第二の人生を送ってもらう」と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます