第8話 滝澤拓史、邂逅

 単調ではあるものの、それなりに刺激的な日々である。


 現実世界の私が一向に目覚める気配がないのは気になるところではあるが、まぁこれはこれでアリかな、なんて思っていた時のことだった。


「すみません、良いですか」


 美少女である。

 我々に近い種族と思しき二足歩行の女人である。


「はい、いらっしゃいませ」


 ドアを自動で開けると、彼女はするりと身体を滑り込ませてきた。そして、靴に装着していた水蜘蛛(正式名称がわからない)を外している。


 おや、と思う。


 自動ドアに驚かないなんて、と。


 二度三度利用したことがあるならまだしも、初めてこのタクシーという乗り物を利用した者は、大抵の場合このドアに驚くのだ。自分でどうにか開けようと手を伸ばしかけたところでドアが開き、びっくりする、という。それでもだいたいの場合、「珍しい魔法ね」の一言で終わるが。


 しかし、こんな美少女を乗せた記憶はない。私は一度乗せたお客のことはしっかり覚えているのだ。もしかしたらこれが私に与えられた『チートスキル』ってやつなのかもしれない。


 もしや、タクシーに乗ったことがあるのでは?

 いやしかし、この世界にタクシーはこのWD号しか存在しないはず。


「どちらまで行きましょう」


 そう尋ねると、彼女は「魔王の城までお願いします」などと物騒なことを言い出すではないか。


 もちろん、カーナビに入力さえすればそこに行くことは出来るし、この世界に『魔王』なる存在がいることは、乗客との世間話で知っている。そう、最近ではこの滝澤、乗客と世間話に興じるほどになったのである。まさか自分がそういうタイプの運転手になれるとは夢にも思わなかった。まぁ、これ夢なんだけど。

 

「かしこまりました」


 しかし、どんなに危険な場所だとて、このWD号は安全なわけだし、問題はない。


「それでは発車致します。ベルトをお締めください」


 ちらりとルームミラーを見ると、既にベルトも装着済みだった。これは絶対におかしい。この世界にはシートベルトなんてものもないのだ。だいたい「これはどうやって締めるんだ」と聞かれるはずなのである。それなのに。


「魔王の城まで、ということでしたけど、正門の方でよろしいですか?」


 ナビに表示されている入り口は全部で三箇所。魔王の城は三方を大きな島(山)に囲まれており、その狭い隙間の東側と西側に二箇所と、それから正門と思しき部分に一箇所だ。


「あっ、はい、そうですね。出来れば裏門の方が良いんですけど、さすがに入れませんよね?」

「いえ、入ろうと思えば入れますよ。裏門の方にしましょうか?」

「じゃ、裏門の方で」

「かしこまりました」


 ほう、裏門から入る、ということはもしかしたら関係者かもしれないな。業者さんの可能性もある。自分が絶対に安全な環境にあると思うと多少きわどい質問もしたくもなるというものだ。


「魔王の城へは、あれですか、お仕事で?」


 軽い調子で問い掛けると、彼女はちょっと驚いたような顔をしてから、「まぁ、そんなところです」と笑った。そして、懐からもぞもぞと何かを取り出したのである。

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