第9話 滝澤拓史、飛翔

「この子」


 そう言って手のひらの上に乗せたその生き物を指先で撫でる。


 彼女の手の上にいたのは、ネズミのような生き物だった。しかし何とも独特な毛皮である。毛皮というか、例えるなら、ハリネズミの針をバリカンで刈ったような、というか。何かこう、五分刈りの坊主頭みたいなのである。その質感、何か既視感が……。


「『オッス』って言うんですけど」


 ――オッス?!

 

 あっ、思い出した! あのやたらオッスオッスした感じのDK男子高校生に似てるんだ! しかも名前がオッスって!!


「か、かかかかか可愛いです……ね……」


 イカン、気を抜いたら笑ってしまいそうだ。耐えろ、耐えるんだ滝澤拓史! 


「そうでもないですよ。手触り最悪ですし」


 イカ――――ン!! そこは可愛いと言ってあげて飼い主! えっ、飼い主だよね? 違うの!? いや、刈りたての坊主頭って案外手触り良くない? そう思うのって滝澤だけ?


「だけど、この子の呪いを解かなくちゃいけないんです、私」


 おっ、何だ何だ。何か始まったぞ。

 崩壊寸前の腹筋を落ち着かせ、きつくハンドルを握りしめていた手を少し緩める。


「こんなこと信じてもらえないかもしれないんですけど、私、この世界に来る前は女子高校生だったんです」


 ――!?

 もしかしてあの食パンJK!? 仮にその生き物がオッス系DKだとするとそれも納得。夢の中の配役としては妥当なところ!


「ある日、遅刻しそうになって、それでタクシー拾ったんですけど、何か人ん家の壁にぶつかりそうになって」


 ええええええ、絶対これあの時の話でしょ!? そのタクシーってこれでしょ!?


「その時、私、スマホ家に忘れて来たの気付いて、お金も全部電子マネーでそれに入れてたから、無賃乗車になっちゃうって思って」


 えっ?! そうだったの、あの時?!


「それで、その事故のどさくさで逃げようって思って、ぶつかる直前にドア開けて飛び出したんです」


 うっそ、そんなアクロバットなことしてたの、あの時?!


「そしたら、思った以上に勢いよく車外に飛び出しちゃって」


 そりゃそうだよ! 普通そうなるよ!!


「たまたま近くを歩いていた人とぶつかっちゃったみたいなんです」


 もしかしてそれがあの時のオッスDK……?!


「で、どうやら二人ともそれで即死だったらしく」


 ええええええ!!


「そんな感じで私達、生まれ変わってこの世界に来たんですけど」


 そんな感じで生まれ変われたりするのもなかなかの驚きではあるが。まぁ、夢だし。


「ただ、彼を死なせちゃった責任を取れって言われて、彼もこんな姿にされちゃって、それで元の姿に戻すために魔王を倒さなくちゃならなくなったんです」


 当たり屋かよ!

 発想が当たり屋すぎるだろ!


 ええ、ていうか、どう考えてもそもそもあの事故って滝澤のせいなのでは……? 


「倒すまで何かこの子と離れられないみたいで。早く解放されたいんですよね」


 そう言って、はぁ、とため息をつく。


 もう冷や汗が止まらない。

 ええ、この元JK、これがあの時のタクシーだとわかってて話したの? だとしたらアンタが責任取りなさいよって掴みかかって来てもおかしくないんだけど?! 


 いや、そんなことはどうでも良い。

 こんな話を聞かされて黙っていられる滝澤ではない。

 未来ある若者を死なせてしまったのは、間違いなくこの私だ。彼女が自らドアを開けて飛び出したとかその辺はどうでも良い。


 ならば、せめて、魔王はこの私が倒すしかないだろう。


「――そういうことなら急ぎましょう、お客さん。飛ばしますよ。しっかり掴まっていてください」


 待っておれ魔王。

 何度も言うがこのWDホワイトドルフィン号は中も外も無敵なのだ。海原を駆ける純白のイルカが、貴様の土手っ腹に風穴をあけてくれよう。


 夢よ、魔王を倒すまでは覚めないでくれ。


 そう思い、アクセルを強く踏んだ。

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滝澤拓史の第二の人生 宇部 松清 @NiKaNa_DaDa

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