第4話 もう俺に話しかけるな!
「えーっと、一組は……ここか」
俺は日和と中庭で少し時間をつぶしてから、配属された一組の教室の前にやってきた。中学の頃に比べると、校舎の中がかなり綺麗だ。
ちなみに日和にお手洗いに寄りたいから先に行っててと言われているため、今は別行動だ。
そんなわけで、一人で教室のドアを開けて中に入ると、先に来ていたクラスメイト達の視線が俺に集まった。
「…………」
きっと俺を見て、こいつ暗そうだなとかブサイクだなとか、そんな事を思っているかもしれない。
自意識過剰なのは重々承知だが、過去のいじめられた経験のせいで、見られるだけで悪い方向に考えてしまう。
『ヒーロー気取りが来たぞ』
『キモイからさっさと死ねよ』
『お前がいるとヒーロー菌がうつるんだよ!』
『帰れよ! ていうか死ね!』
これはほんの一例だが、言葉を教室に入る度に何度も聞かされていたら、誰でも自然と警戒するようになるさ。
……いや、さっき決めたじゃないか。俺は変わるんだ。そのためにはこの自意識過剰を直さないと、無駄にストレスを感じてしまう。
とにかく前向きにいこう。直ぐには無理かもしれないけど。
さてとりあえず自分の席に……ん? なんか一つの席を囲う様に何人か集まってる。もう人気者が生まれるとは驚きだ。
「あっ、ヒーロー!」
そんな事を思っていると、囲いの中心から一人の女子が笑顔で近づいてきた。
ゆるふわのセミロングの金髪と、切れ長な目が特徴的な、少しギャルっぽい女子だ。身長は俺より少し小さいくらいでスタイル抜群だ。
最悪だ。彼女も一緒のクラスだったのか……日和と同じクラスになれたからって浮かれていたのか、知り合いがクラスにいるかの確認を怠っていた。
「アタシも同じクラスなんだぁ。ヒーローと一緒で嬉しいなぁ〜一年間よろしくねぇ」
「……姫宮」
彼女は
「なんだあいつ、姫宮さんと知り合い?」
「ヒーローって……馬鹿じゃねえの?」
「あんな暗そうな奴が姫宮さんと知り合いとか、不釣り合いすぎるだろ」
どこからかヒソヒソと俺の事を話す声が聞こえてくる。
なんで声をかけてきたんだ。中学で一番かわいいと言われていた姫宮が、俺みたいな人間に話しかけたら、周りから妬みの声が出てくるのがわからないのか。
「この前はごめんね~楽しすぎて先走っちゃって。あの後いなくなっちゃったけど、どこに行ってたのぉ? アタシ寂しかったんだよぉ」
男を誘惑するような上目遣いで聞いてくる。こんな事をされたら、大体の男は許してしまうかもしれない。
『今日はあの女が教えてくれたおかげで、思わぬストレス発散が出来たな!』
春休みの不良の言葉が脳内に蘇る。
ダメだ……どうしても姫宮を信じられない。やっぱり俺を騙して、あの不良達を呼んだんじゃないか?
「……連絡したのに、なんで反応しなかったの?」
「ごめ~ん気づかなくて。今度埋め合わせするから許して。ねっ?」
姫宮はてへっと舌を少しだけ出して謝罪をしている……が、全く誠意を感じない。
「なんだあいつ、姫宮さんと遊んだのか?」
「なんで羨ましい……!」
「しかも謝らせてるぞ……なんだあの生意気な陰キャ」
遊んだのは事実だけど、俺は疑問に思った事を聞いただけだ。謝らせたつもりなんてない……なんで名前も知らない連中にそんな事を言われないといけないんだ。
……ダメだ、ヒソヒソ声が全部俺への悪口に聞こえてきた。
さっき変わるって決めたのに……なんで俺はこんなに弱いんだ……。
息が苦しい……心臓がバクバクいっている……早く逃げないと。
そんな俺を救うかのように、一斉に周りの声が静まる。
一体どうしたんだ……? 周りの連中も姫宮も、教室の入口をじっと見つめている。気になって俺も見てみると、そこには日和が立っていた。
「ヒデくん、その人知り合い?」
「……同じ中学だった姫宮さん」
「どうもぉ~姫宮杏奈で~す」
「神宮寺日和です」
トコトコと俺の元に寄ってきた日和。日和が隣にいるだけで、俺の心は一気に軽くなり、苦しいのもかなり楽になった。
そんな日和にヘラヘラしながら自己紹介をする姫宮だったが、日和はそれとは対照的に、深々とお辞儀をして見せた。
お辞儀をしただけなのに、日和はとても美しく見える。周りの連中も同じ事を思っているのか、
「なんだあの綺麗な子……妖精みたい」
「すごいしっかりしてそう……」
「姫宮さんよりも可愛いんじゃないか?」
どこからか日和を絶賛する声が聞こえてくる。さっきは男子の声だけだったのに、今は女子の声も交じっている。
その声が気に入らなかったのか、一瞬だけ姫宮な表情を歪ませたのを、俺は見逃さなかった。
「ね、ねえヒーロー? その子とはどういう――」
「は〜い、席について~ホームルーム始めるわよ〜」
姫宮の質問をかき消すように、女の先生が教室に入ってきた。
俺にとっては救いの手だ。俺は姫宮から逃げるように離れると、校舎に入るときに貰った座席表を見ながら席に座るのだった――
****
「はぁ……疲れた」
長い入学式とホームルーム、そして自己紹介という地獄が終わり、下校の時間になった。
入学式のせいもあるが、一番疲れた原因は自己紹介だ。どうしても自分の番の時は注目されるあの感じ……周りにどう思われてるのか気になって仕方がない。
くそっ……やっぱり変わるのなんて出来ないのか……いや、弱気になるな俺。いきなり変われるはずがない。ゆっくりと変わっていけばいい。
とりあえずさっさと日和と帰るとするか……そう思っていた矢先、姫宮がニコニコしながら俺に近寄ってきた。
「ヒーロー!」
「…………」
なんで姫宮は俺に話しかけてくるんだ? 正直俺は姫宮を信じられないし、話したくもない。
なんなら、数日前に姫宮の誘いを受けてしまった自分を、思い切りぶん殴りたいくらいくらいだっていうのに。
「神宮寺さんだっけ? ヒーローとはどういう関係~?」
「…………」
ゆっくりと帰る準備をしている日和を見ながら聞いてくる。別に俺と日和の関係なんて、姫宮には関係ないと思う。
「確かにちょーっっっとかわいいよねぇ。まあアタシの方がかわいいけど。それに大人しくて何考えてるかわからないっていうかぁ……ちょっと暗い?」
「…………」
「ああいう暗いのって、実は性格ねじ曲がってるっていうの、よくあるよねぇ」
なんなんだこいつは。一体何の権利があって、俺の事を騙したうえ、日和を……俺の大切な幼馴染を馬鹿にするのか。
そう考えると、腹が立って仕方なかった俺は、無意識に口を開いていた。
「まああんな子どうでもいっか〜。それより一緒に帰らない?」
「……姫宮に日和の何がわかるんだ」
「え? ど、どうしたのヒーロー?」
「日和の何がわかるんだって聞いてんだ」
自分でも驚くくらい顔に力を入れながら、姫宮を睨みつける。すると、ずっとヘラヘラしていた姫宮の表情が曇った。
こんな信用の出来ない女のせいで時間を使うなんて無駄すぎる。さっさと日和と一緒に帰ろう――そう考えた俺は勢いよく立ち上がる。
「なんでそんなにオコなのぉ? あの子を悪く言ったのは謝るからさぁ」
姫宮は俺の腕を掴んで引き止めようとしたが、それを拒絶するように、思い切り振り払った。
「……姫宮と出かけた日、路地裏で別れただろ。あの後、中学の不良達に囲まれてボコボコにされたんだよ。金もとられた」
「え~!? なにそれめっちゃ不幸じゃん!」
「……不良の一人が去り際に言ってたんだよ。あの女が教えてくれたおかげで、ストレス発散が出来たって……あの女って、姫宮だろ?」
きっと睨みつけながら言うと、姫宮は目を泳がせていた。
これは完全にクロだ。やっぱりこいつも俺を騙して遊んでいたのか。どいつもこいつもそんなに俺をいじめて楽しいのかよ……!
「な、なんでアタシがそんな事をする必要があるのぉ?」
「うるさい。とにかく、俺はもう姫宮を信用しない。わかったらもう俺に話しかけるな。あと日和を悪く言うのは俺が許さない」
きっぱりと姫宮を拒絶した俺は、鞄を持って日和の所に行く。すると、あれだけ感じていた怒りは消え、とても穏やかな気持ちになれた。
「ヒデくん」
「日和、一緒に帰ろう」
「うん」
無表情で淡々と帰りの支度をしていた日和は、俺が声をかけると僅かに微笑んで頷いてくれた。
それだけなのに、俺はとても嬉しく感じていた。それに、日和と話している時は、他の連中に話しかけられた時に感じる緊張は、一切感じない。
もしかしたら、日和には俺を癒してくれる何があるのかもしれないな。
「ちょっと、ヒーロー! 誤解させたのもちょっと言いすぎたのも謝るから仲良くしようよぉ!」
「…………」
俺を呼び止める声が聞こえてくるけど、俺は日和と帰るのに忙しい。無視して日和と一緒に帰ろうとすると、何故か日和は姫宮さんの所へと歩いていった。
お、おい日和……? もしかして、姫宮と話してたから、俺達が仲が良いと勘違いして、一緒に帰ろうなんて言うんじゃないだろうな……?
「えーと、神宮寺さん、なぁに?」
「ヒデくん、さっきも今も嫌がってる。ヒデくんの迷惑になるような事、しないで」
きっぱりとそれだけを言うと、日和は俺の手を引っ張って教室を後にする。
日和の突拍子もない行動に驚きはしたけど、大人しい日和が俺の為に怒ってくれたって思うと、たまらなく嬉しかった。
やっぱり俺の味方は日和だけだ――
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