いじめを苦に死のうとした元ヒーロー気取りで現在ぼっちの俺でも、プロポーズをしてくれたけど離ればなれになった幼馴染と再会して幸せになってもいいですか?

ゆうき@呪われ令嬢第二巻発売中!

第1話 楽しかったあの頃

『おっきくなったら……わたしをおよめさんにしてください』


 それは五歳になる年の真夏の話だ。


 山奥の田舎に住んでいた一人のガキだった俺——桐生きりゅう英雄ひでおは、一人の女の子にプロポーズされた。


 当時の俺は、名前が英雄えいゆう——ヒーローという意味でも読めると知った日から、ヒーローらしい正義感に溢れる、なんとも馬鹿な生き方をしていた。


 そんな中、俺は遊び場になっていた山の森の中で、近所の悪ガキにいじめられていた彼女に出会った。


『こらー! おんなのこをいじめるのはだめだぞー!!』


 当然俺は彼女を助けた。助けてから気づいたのだが、彼女はこの辺りでは見かけない子だった。


 彼女は病弱で、療養の為に夏休みの間だけ来ていると言っていた。


 俺は病弱な彼女を気の毒に思い、友達になろうと誘った。彼女は友達が一人もいなく、俺が初めての友達と喜んでいたのを覚えている。


 そんな彼女と俺は、ずっと遊んで過ごすうちに、とても仲良くなった。


 だが、いくら仲良くなっても別れの日はやってくる。彼女との別れの日、俺は見送りの為に彼女の元に行くと、彼女は俺にプロポーズをしてくれた。


『うんっ! およめさんにしてあげる!』

『ほんと……? うれしい……!』


 当時の馬鹿な俺は、結婚の意味を軽々しく捉えていたと思う。だから、少しの間遊んだだけの女の子のプロポーズを、簡単にOKしてしまったのだろう。


『おれ、ぜったいにあいにいくよ! おれはヒーローだからな!』

『やくそく、だよ? ぜったいまた、あおうね……』


 そう言って、彼女は俺の頬に小さな唇をほんの一瞬だけつけてから、黒い縦長の大きな車に乗って、俺の元を去っていった。



 ****



 そして、プロポーズをしてくれた子と別れてから長い時が経った現在。中学を卒業して春休みの今、俺は絶望の淵に立たされていた。


「なんで……どうして……」


 俺は繁華街の路地裏で、同じ学校の不良達に囲まれてしまっていた。


 ――俺は酷いいじめを受けている。


 全ての発端は、俺は小学校に上がる直前に、母さんの仕事で都会に引っ越した事だ。


 俺は引っ越し先でもヒーローのように生活していたのだが、それをウザがる連中に、いじめのターゲットにされてしまった。


 最初は無視から始まり、机に悪口を書かれたり、上履きをトイレの便器にぶち込まれるなどをされ……年月が経つにつれ、殴る蹴るなどが日常茶飯事になった。


 いじめられてても、誰も助けてくれなかった。


 そんな中、一人だけ仲良くしてくれる少女がいた。図書室でいつも本を読んでる子だった。


 しばらくの間その子と仲良くしていたけど……ある日、俺はその子に呼び出されて、最悪の現実を突きつけられる事になる。


『わたし、本当はきみのことがキライ。だからもう話しかけないで!』


 まるで意味がわからなかった。俺は嫌われるような事をしただろうか?


 いくら考えてもわからず、挙句の果てにそれを見ていたいじめっ子達に、いじめのネタにされるようになった。


 それ以来、その女の子とは口もきかず、小学校卒業後は会ってすらいない。


 こうして孤独になった俺は、いつしかヒーローのような言動はしなくなり、誰とも喋らずに生きてきた。


 中学に上がってもいじめは続き、金も取られるようになってしまったが、それでも必死に耐えた。いつかこの地獄は終わる――そう信じて。


 そんな中学校生活の最後の日である卒業式の日。俺は別の女の子に呼び出された。


『ねえヒーロー、よかったらアタシと……友達になってくれないかな?』


 彼女は少しギャルっぽいが、学校で一番かわいいと評判だった。今まで声をかけられなかったが、実はずっと気になってて、勇気を振り絞って声をかけたと言っていた。


 孤独な生活が、これで少しは良くなるんじゃないかと思った俺は、彼女のお願いを了承してしまった。


 普通なら何か裏があるんじゃないかって疑うかもしれないんだけど、それが出来ないくらい、俺の心は追い詰められていたんだ。


 そして今日、俺は彼女に、同じ高校だけど入学前に遊びに行きたいと誘われて、電車で二駅隣にある駅の繁華街に来ていた。


 合流してから適当に歩いていて、急に俺は彼女に路地裏に連れ込まれた。


 なにかこっちにあるのかと思ってついていくと、急に彼女が『あっちにお店があるの!』と言って走りだして――追いかけようと思ったらこいつらに声をかけられて、一瞬で囲まれてしまった。


「ようヒーロー。なんか随分と楽しそうに歩いてたけど、なにしてたんだ?」

「あ、えっと……」


 俺は小学校の頃からのいじめグループの一人である、金髪の男に肩を組まれる。


 心臓が馬鹿みたいにビートを刻んでいる。呼吸も苦しい。早くこの暴君から逃げないと――


「おいおい、なに逃げようとしてるのかなー? 俺は悲しいぞー」

「かはっ!」


 男に殴られた俺は、建物の壁に思い切り叩きつけられる。痛みで一瞬意識が飛びかけた。


 そんな俺の元に、一人の女子が近づいてくる。腰まで伸びる黒の髪が特徴的な美少女だ。この女も俺をいじめるグループの一人でもある。


「あら、ヒーローくんってば色気づいちゃって」

「そ、そんなこと……」

「そんな生意気な事をした罰は、しっかりと与えないといけないわね。やりなさい」


 リーダーの女の号令に従う様に、倒れている俺は他の不良達に殴られ、蹴られ、財布から今日の為に用意したお金を取られてしまった。


「こいつ結構金持ってるぜ!」

「じゃあそれは今回の罰として貰っておきましょう」

「か、かえし……」


 俺がなるべく家に負担をかけないように、新聞配達のバイトで稼いだお小遣いをリーダーの女に渡した金髪の男は、不敵に笑いながら口を開いた。


「お前、春から青蘭せいらん高校に通うんだろ? 実は俺と彼女もなんだよなー。春からもぉ……仲良くしようなぁ」


 う、嘘だろ……こいつらも同じ高校なのかよ……!


「ふー……今日はあの女が教えてくれたおかげで、思わぬストレス発散が出来たな!」

「はいはい、アンタは余計な事は言わなくていいのよ。じゃあねヒーローくん。高校でも……よ・ろ・し・く」


 俺にとって絶望としか言いようがない言葉を残し、不良達は楽しそうに笑いながら去っていった。


 俺は少し経ってから、これからもこの生活が続くのかと絶望しながら、家へと向かって歩き出した――



 ****



「……ただいま」


 駅前から少し離れた住宅街にある小さなアパート。そこに俺は母さんと一緒に住んでいる。


 とは言っても、母さんは女手一つで俺を養う為に日夜仕事に出ていて、家にはほとんど帰ってこない。


「俺……なんで生きてるんだろ……」


 家に帰ってきて緊張の糸が切れたのか――俺の目からは涙があふれていた。


 俺は何を間違えたのだろうか。


 困ってる人を助けて、悪い奴らをやっつけていただけなのに、どうしてこんな仕打ちを受けないといけないんだ。


 それに……結局あの後、先に行ってしまった彼女とは会えなかった。さっきから連絡しても反応がない。


 ひょっとして、彼女はあの不良達と組んで俺をはめたのだろうか? あんなに優しかった彼女が?


 でも、さっきの不良の言葉……あの女のおかげでって言っていた。多分それは彼女の事だ……きっと俺を騙して遊んでたんだ……。


 ――もう何も信じられない。


「これ……朝ご飯を作るときに使った包丁……」


 台所に出しっぱなしの包丁が目に入った。そういえば、朝食の用意をしてから片付けるのをすっかり忘れてた。


「……これで死んだら、楽になれるかな」


 俺は包丁を手にして、手首に刃を向ける。痛いのは嫌だけど、これからもさらに続く地獄に比べれば、短時間の痛みで開放されるならそっちの方が良い。


 そう思って包丁の柄に力を入れたのに。


 ピンポーン――


「え?」


 手首を切ろうとした瞬間、タイミングを見計らったようにインターホンが鳴り響く。


 なんてタイミングだ……人がこれから死のうとしてるのに、邪魔をするな。


 ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン――


「ああもう! うるさいな!」


 鳴りやむ気配の無いインターホンに根負けした俺は、勢いよくドアを開ける。


 そこには、銀髪で少し垂れ目が特徴的な、とても可愛い……いや、まるで天使と錯覚してしまうくらい美しいという表現がぴったりな女の子が立っていた。


「……ヒデくん……久しぶり」

「……どちらさま?」


 俺にこんな美少女の知り合いなんていない。そもそも知り合いなんて呼べるのは、さっき会っていた彼女くらいだ。


 いや……もう彼女も知り合いと言えないだろうな。


「えっと……神宮寺じんぐうじ日和ひよりです。隣に引っ越してきました」

「神宮寺、日和……!?」


 神宮寺日和。それは、十年前に俺にプロポーズをしてきた女の子の名前だ。


 嘘だろ……あの日和だというのか?


 しかも、隣に引っ越してきたって、一体どういう事なんだ――

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